第32話 受け継がれるもの


リューイとリュージュさまが席を外し、俺はひとり御殿のサロンに招かれ、茶を飲みながら暇を潰していた。しかし、その時。


「ユリーカ殿下、もうお加減はよろしいので?」

突然サロンに顔を出したユリーカ殿下に驚く。近くには侍女も連れ添っているようだから大丈夫なのだろうが……。


「あの……ユリーカと……呼んでくれませんか?」


「……ゆ、ユリーカさま」

「さまは……つくのですか」

まぁ、先代の竜皇妃だし、義母でもあるお方。最初でこそ、イレギュラーな対応だったが、落ち着いた今は失礼なことはできないだろう。

……しかし、どこかがっかりしているユリーカでん……ユリーカさまは……何だかあの時の少女の笑顔と対比されて、心が痛む。

母さんに後で小言を食らっても……あれだしなぁ。


「では、ユリーカ」

「……っ」

ユリーカが俺をまっすぐに見上げる。


「公式な場以外でなら、俺はまだユリーカにとっての、憧れの踊り子として接してもいいか?」

「……はい……っ」

あの頃から成長したとはいえ、嬉しそうにはにかむところは変わらないな。


「俺のこともクロムでいい」

「クロムさま」

完全に立場が逆転している気もするが……しかし一度そうすると決めたのなら、俺はユリーカの憧れの踊り子でいなくちゃな。


「……そうだ。久々に異国の菓子でも作ってやろうか」

「異国の菓子……」

それも、覚えていてくれたんだな。


「あの時の菓子は……どういうものだったのですか?成人を迎え、リュージュの番に選ばれてから、リュージュに聞いても分からなくて」

「珍しいものだったからな。旅芸団のひとりに教えてもらったものだ」

偶然、遠い地の出身だった子に、教えてもらったのだ。


ここに錬金釜はないから、マジックボックスに入れておいた錬金鍋を取り出し、そこに材料を投入していく。それから……動力源か火が必要だな。


「厨房はお借りできますか?」

「もちろんです。こちらへ」

リファがユリーカの侍女に確認してくれて、俺たちは厨房にやって来た。


そして錬金鍋をかき混ぜれば。


「ほら、出来た」

南国のサトウキビを使った菓子である。サトウキビ自体はこちらにもあるが、しかしこの菓子は珍しいだろう。


「……これです!」

「そうだろ?」

150年前のこととはいえ、覚えていて良かった。これも奇跡と言うか、運命の巡り合わせと言うか。何だか不思議である。


「リーシアさまも、こうしてお菓子を作ってくれたのです」

「母さんの菓子は旨いだろう?」

母さんは俺の方が腕は上だと言うが、しかし母の味にはかなうまい。

その昔懐かしい味わいは、母さんにしか出せない味だ。


「そうだ……確か」

マジックボックスの中から取り出したのは、母さんが旅のおやつにと持たせてくれたかりんとうである。


「母さんがつくったかりんとう。これも一緒に食べようか」

「……リーシアさまの……!嬉しい」

そっと微笑むユリーカに、思わずこちらも笑顔になってしまう。


サロンへ戻れば、侍女やリファのいれてくれたお茶をお供に、南国の菓子を味わう。ユリーカには、母さんお手製のかりんとうも。


そしてリファやユリーカの侍女にも菓子をお裾分けすれば、とても喜んでくれた。


「懐かしくて、美味しい……優しい味です」

「そうだなぁ。何だかのどかな気分だ」

南国の味だからだろうか。


「かりんとうは……リーシアさまの味です」


「あぁ、母さんのかりんとうは甘くて、さくさく感が絶妙に合うんだよな。あぁ、そうそう。最近俺が他にもレシピを教えたから、また遊びに行ってやってくれ」

母さんも喜ぶ。今度はリュージュさまと一緒にな。

「はい、是非」


ユリーカがそう頷けば、サロンに現れたふたりの気配に気が付く。


「ユリーカ、もういいのか?」

リュージュさまが驚いたように問う。


「リーシアさまと、クロムさまのお菓子を食べたら、とても幸せで、優しい気持ちになれたから」

「ユリーカ……」


「だから……その、リュージュ……。散々、迷惑をかけてごめんなさい」

「迷惑などでは……っ」

「だけどね……その、ふたりで、リーシアさまのところに挨拶に行けたら……とても、幸せだと思うの」

「それは……っ」

今まではろくにふたりで旅行に行ける状態でもなかっただろう。


「もう少し……身体が、安定してから……もし、行けたら」

「あぁ、もちろんだ。一緒に行こうか」

「はい」

リュージュさまと手を取り合い喜ぶユリーカの表情には悲壮な色などいっぺんもない。


「さすがはクロムです。母上も父上も、あんなに嬉しそうにしてくれるだなんて」

「俺だけじゃないさ。おふくろの味のお陰だ」

リューイは一瞬きょとんとしながらも、テーブルの上に広げられたかりんとうを見て、何となく悟ったらしい。


「ところでリューイ」

「は、はいっ!」

「嫁さんの味は好きか?」

そう言って南国の菓子をひとつつまみ、リューイの口に近付ければ。


「もちろんです」

迷いなく告げたリューイが、ぱくりと食い付いた。


「ん……美味しいです」

リューイは俺の指までしゃぶって笑みを向けてくる。


「……お、まえなぁ……」

呆れつつも、そんなところも……好きだよ。


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