第31話 踊り子への憧憬


先代竜皇夫妻の御殿では、泣き疲れてしまったユリーカ殿下を、リュージュ陛下が部屋まで運んでくれた。


そして居間に通された俺とリューイは、戻ってきたリュージュ陛下を迎える。


「父上、母上は」

「今は眠っている。長年仕えた侍女が共にいてくれるから、大丈夫だ」

「……そうですか、良かった……」

彼女の憔悴しきった様子も、不安定な時期も、リューイはリュージュ陛下と共に見てきたからか、深く、深く安堵する。


そしてリュージュ陛下と共に席に着くと、リュージュ陛下はゆっくりと俺を見た。


「まずは……その、挨拶もままならないうちに不躾で済まないが、ユリーカとはどのような関係だろうか」

「父上、気になるのは分かりますが……私たちがここに来た意義をお忘れで?」

しかしリューイがすかさず間に入る。……ったく。番のことになると他のことお構いなしになるのは、さすがは父子である。


「まずは先代竜皇陛下にご挨拶申し上げます。リューイの番として竜皇妃となりました、クロムウェルと申します」

リューイを制止つつ、さらりとそう述べる。


「リュージュでかまわない。もう引退した身だ」

「では、リュージュさま。ユリーカ殿下との関係……でしたね」

すらすらと互いの言い分を満たしたお陰か、リューイも静かにイイコで聞いている。そしてリュージュさまもまた、静かに頷いた。


「俺はその昔、旅芸団の踊り子として各地を旅しておりました。その折、東国に立ち寄ったことがあります。そこで俺は、まだ小さな少女と出会った。しかしその少女は、当時はベールを深く被っていた俺の顔が見たかったのか、隙をついて俺のベールを外してしまった」

今でこそ、対策はしているが。当時は俺も若く、そこまで考えてはいなかったのだ。純粋な人間ならば、もう寿命の半分を迎え、腰を落ち着ける時期であろうが、長命種故、人間ほど成熟しきれない部分がある。


「そして俺は混ざりものであることがバレて、騙したと責め立てる人間たちの手前、俺を受け入れてくれた旅芸団のみなが責められぬよう、俺が旅芸団を騙していたことにして、踊り子をやめて旅芸団を去ったのです」

そこまで聞いたリュージュさまは、信じられないと言う表情を見せる。


「まさか……その少女と言うのは……」

「俺はそこまで人間の成長速度に順応しているわけじゃない。彼女が妙齢となれども、区別がつくかは分からない。けど、彼女の話を聞いて、この掌の感触を確かめて分かりました」

その掌の感触は『彼女だ』と告げている。


「ユリーカ殿下こそ、その時の少女です」

「……しかし……それならば、分からないことがある」

「それは……?」

「ユリーカは……踊りを拒んでいた」

竜皇へ捧げる舞すらも拒むほどに。


「踊りの類いが嫌いなのだと、ずっと……」

リュージュさまはそう思っていたのか。


「俺が、踊り子をやめてしまったから……」

彼女を傷付けてしまった。彼女が俺を混ざりものだと貶したのならば、彼女は舞を拒みはしなかっただろう。

ただ混ざりものである俺を嫌いになっただけだ。


だが、違った。150年間彼女は悔恨に苛まれていた。そして150年と言う時を経て、出会ったのは、俺とよく似た母さんだ。

もしかしたら彼女は、悔恨に苛まれながらも、俺に似ている母さんに惹かれていたんだろうか。

正確には、俺が似たのだが。


けれどやはり、こんな見た目のエルフの混ざりものは珍しい。彼女がずっと後悔していたからこそ、見た瞬間に分かってしまったのだろう。


「彼女には……申し訳ないことをした」

「そんなことは……っ」

リュージュさまも分かっているのだろう。この世界が混ざりものを卑下する世界でなければ、彼女はただ、憧れの踊り子への憧憬のもと、リュージュさまに舞を捧げることができたであろう。

リューイが黒い瞳を受け継いだからと言って、混ざりものと蔑まれ、心を壊すことなどなかったであろうことを。


「でも、リューイは俺と、混ざりものが差別されない世界を作ってくれると言いました。だからきっと、リューイと俺が作る世界が、ユリーカさまの救いにもなると、思っています」

そう、告げれば。


「あぁ……それは、私たちができなかったことだ」

リュージュさまも必死だったのだろう。ユリーカ殿下を守るために。

番が隣にいない苦しみに耐えながら竜皇の務めを果たし、さらに混ざりものへの差別をなくす……そんな余裕などなかっただろう。

今もまだ、ユリーカ殿下は完全に回復していないのだから。


「よろしく頼む」

その言葉には、かつては竜皇であったものとしてではなく、ただただ番のために祈る竜の叫びが込められていた。


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