森の旅路の章

第29話 踊り子の思い出


――――馬車はフォレスティアから、竜皇国の静養地へと向かう。

その道中も、竜皇を乗せた馬車は、各地で歓迎を受ける。


竜皇と竜皇妃の姿なんて、こう言った機会じゃなけりゃ、そうそう見られるもんじゃない。そして竜皇の婚姻など、何百年に一度、上手く番を見付けられなければ、下手したら1000年を過ぎることもある。


それほどまでにおめでたいムードなわけだが。


「俺の顔を見たら一気にしらけるだろうがな」

「また、あなたはそんな……」

馬車の小窓から、ちらりと沿道に集まる民衆を見やる。

竜皇夫夫を乗せた馬車を見るだけでも大感激なのなら、わざわざ顔まで見せてやる義理はないのだが。


「けど……それは昔の話だ」

絶望して、諦めて、引き籠った。けれど今はリューイがいるから。


「俺は堂々とリューイの隣を歩くよ」

「はい、私もお供いたします」

滞在するわけではないが、しかしながら、通過する国には挨拶をせねばなるまい。


通過するのは国の端でも、国の代表団はわざわざ竜皇に目通りするために駆け付けるのだ。

辺境の砦に到着した馬車は、駆け付けた代表団の前に停まる。そして挨拶をするためにリューイと降り立つ。


俺の姿を見た代表団は、やはり驚いているだろう。通例であった人間の国から新婚旅行先を選ばなかった俺たち。そしてこの東の国に、因縁のある俺。けれど当時を知るものなどほとんど生きてはいまい。何せ150年前の話だ。

ほとんどの人間は、短命種の理通り、150年以上生きることはない。

長くて100年……と言ったところだから。

目の前の30~50代ほどの人間たちは俺のことなど知らぬだろう。俺のことを語り継いでいた旅芸人たちとは違ってな。


しかしながら、俺の見た目は人間と言うよりもエルフに近く、しかしエルフらしくないその東国の髪の色に戸惑いを隠せない。

そうすれば彼らの至る結論は……。


「混ざりもの」

代表団のひとりがポツリと呟いた。


「馬鹿者が……!」

しかし代表と思われる男性が真っ先に怒鳴った。


「大変申し訳ありません!」

代表は竜皇に媚びを売るわけでもなく、俺にまっすぐに頭を下げた。


「急ぎ、そやつを下がらせよ!」

そして鬼気迫るように命じたことで、周りの騎士たちが失言をした代表団の青年を捕らえる。


「で、ですけど……!混ざりものです!竜皇の妃は、人間のはずだ……!」


「だから何だ」

ぐだぐだと抵抗を続ける青年に、リューイの重たい口が開く。


「母上はこの東国のひとつの出身だった。私はその母上の色をこの目に受け継いでいる。それは私が先代竜皇と、東国の人間である母上の子……貴様たちの言う混ざりものだからだ。そしてクロムもまた、エルフと人間の血を受け継いだ」

俺の中にも、この東の国の血が母さんを介して流れている。俺とリューイは……少しだけ似ているな。


「それをとやかく言うのなら、やはり新婚旅行先を東国にせず良かったな」

「そのようだ」

兄貴が牽制してくれていたフォレスティアとは大違い。いや、むしろ、俺が混ざりものであっても兄貴の弟だからと手を出してこないものの方が多かった。そしてククルの周りには、クロムの血を差別しない、混ざりものだからと貶めることを言わないメンツも多かったからな。

――――中には例外もいたが、それでも兄貴がいたから過ごしやすかった。だがここにはもう……誰もいない。


母の知り合いの人間も、もう生きてはいないだろう。

だからこそ、ここは選ばなかった。


「我が番を愚弄するこの国のことは、子々孫々語り継がねばな」

竜皇と言うのは、嫉妬深く執着深い。


「そ……そんな……っ、ご勘弁を……っ!」

代表団が必死に頭を下げる。


「ならば混ざりものだからととやかく言うのをやめよ。ひとの考えはそうそう変わりはしない。だがしかし、こう言った重要な席での口の利き方くらいは身に付けさせよ」


「はい……っ」

代表が深く頭を下げる。


「人間は……俺たちよりも寿命が短い」


「……クロム?」

ふと、リューイが圧を弱め、俺を見る。自分たちへの圧がそれたことで、代表団の面々はほっと息をつく。

こうも竜皇に睨まれ続ければ、彼らも辛かろう。俺が彼らに情けをかける理由はない。今まではそうだった。けれど今は、世界を統べる竜皇の妃である。

取るべき行動など分かっている。


「だが竜人よりも、エルフよりも、長命種よりも、研鑽を積み、新しいものを産み出し進化させる。その能力に秀でている。だからお前たち人間は、可能性を秘めている。それはより正しき道を進むことにも挙げられるのではないか?」

この東の大地はそうして発展してきたのだ。時に国が滅び、新たな君主が立ち、名君と呼ばれる。


今でこそ平和を築いているが、戦国時代と呼ばれる時もあった。

その中でも平和を樹立し、諸国との均衡を保っている。それもまた人間の進化でもある。


「俺はこの見た目の通り、人間よりもうんと長生きだ。それを見てきたからこそ、俺はまた、お前たちに期待してもいいと思っている」

かつて諦めてしまった夢も、リューイが共に歩んでくれるのなら、俺だけ勝手に投げ出すわけにはいかんだろう?


「ありがたき……幸せ」

少なくともこの代表には、期待できるだけの器あると思うのだ。


代表団に心からの感謝を告げられ、俺とリューイは再び馬車に乗り、旅路を行く。


「俺は、またここに来てみたいよ」

「……ですが、クロム」


「ここにはな、悪い思い出ばかりじゃないんだ」

「そうなのですか?」

リューイは、俺が踊り子をやめたきっかけのこの国々に寄ることを気にしていた。それでも新婚旅行前に不満が出てしまったから、俺もやむなく訪問することを承諾した。俺のトラウマと公務は別である。

それに……。


「だからたまには、ここに立ち寄りたくもなる」

リューイが迎えに来た時に、不意に足を向けたのもそうである。


「俺は顔を見せられなかったが、踊り子としての俺に憧れてくれた人間の女の子がいてな。俺が持っていた異国の菓子をやったら、とても喜んでくれた」

今でも何故かその時、少女の黒髪を撫でた掌の感触が残っているのだ。


「旅の空の下、今度いつ会えるかも分からない。もう会えないかもしれない。だけど……嬉しかったことってのはさ、今も俺の記憶の中にあるんだ」

旅芸人たちと旅した日々も、だいぶ朧気だが、覚えている。あの賑やかで楽しげな喧騒を。


「その後……あの子に俺が混ざりものであると、バレてしまったから……。嫌われてしまったかもしれないが」

それでも彼女が喜んでくれた記憶があるから、あの出来事を怨まずに済んだ。あの子が悪いわけじゃない。あの子はただ、憧れの踊り子の顔を見たかっただけなのだ。

それを混ざりものだと責め立てた大人たち。

一番後悔しているのは、あの子にそんな醜い大人たちの姿を見せてしまったことだが。


「まぁ、もうかれこれ150年も前の話だ。彼女ももう生きてはいまい」

「……そう……ですか。でも……」


「リューイ?」

「彼女がクロムを嫌ったとは、限りません」

「……それは」


「私なら、その顔を見た瞬間惚れておりますから」

「お前な……」

彼女が俺に惚れるか……?見た目は人間で言う二十歳前後と若かったが、俺はその当時、50のおっさんだったんだぞ……?


しかし、俺を励まそうとしてくれるリューイがかわいくて。何だか、嫌われていないと、そう思ってもいいのなと……思い始めている。

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