第24話 原生林


――――早朝。俺はリューイと、スオウ、リファたちとともに原生林へと向かう。


ここはエルフにとっては特別な場所で、許可がなければ入ることができない。

だから俺が実家である原生林の奥地に足を踏み入れることに反対する長老たちも多いようだが、実際に許可するのは結界を張っている俺の親父であり、世界樹が特段拒まなければ入ることができる。


大揉めのエルフたちに対して、親父の返答はただただ『可』であった。

今いるエルフたちの中でも最古参、さらには反対するやつらの崇める至高のハイエルフだ。親父がいいと言うのなら、誰も拒めない。ただでさえ、夜更けのことがあったばかりだ。


出発の直前にも何かあるかと思いきや、反対派の連中は現れもしなかった。やはり暴走したあれの二の舞にはなりたくないのだろうな。


「……んで?兄貴は行かなくていいのか」

「揉めた時に父上とは顔を合わせた。構わん」

兄貴ったら淡白な。しかしまた夜更けのような混乱を避けるためにも、兄貴はここで睨みを利かせてた方がいいと言えば……いい。


うちの母さんに対しても、後妻ではあるが色々と気を回している兄貴だ。

母さんの様子も気になるだろうに。


「代わりにリリィをつける」

「分かったよ。リリィ、よろしくね」


「はい、もちろんです。私もシュルヴェスターさまとともに、行き来はしておりますから」

リリィが元気良く答える。恐らくリリィが原生林に分け入ることすら反対するやからは多い。しかしながら、世界樹が受け入れているのなら構わないし、そして兄貴が供として付いて行かせるなら、誰も反対はできまい。

リリィが兄貴に同行するからといって、リリィのポジションを奪おうとしても、兄貴なら一蹴するだろう。


「それじゃ、行こうか」

「はい!」

頷くリリィと、仲良さげに微笑み合うリファ。このふたりの仲の良さは本当に癒しだなぁ……。スオウなんてリファが可愛すぎて崩れ落ちそうだ。護衛なんだから、もう少し耐えろとしか言えないが。


「それでは、みなさま、お気をつけて」

女王ククルが、ロイドと並んで声をかけてくれる。


「ルーンさまによろしくお伝えください」

ルーンとは、俺の父親の名だ。


「承知した」

女王ククルの言葉に答えれば、彼女に賛同する臣下たちが見送ってくれる。


「ちゃんと好意的なエルフもいるものだな」

「……昔に比べればな」

ひとも、エルフも、変わることができる。200年経っても変わらないものもあれば、女王ククルが俺が生きたよりも遥かに短い期間で成し遂げた功績は、たぐいまれなものだろう。

中にはまだ昔ながらの考えを押し付けるものもいるが、それは兄貴がいれば問題ない。

兄貴が若き女王ククルのために、力を貸してくれるだろう。


「ここから先が、森ですか」

「そうだ。エルフたちが森の恵みを得る果樹や木の実のなる木々、獲物を狩る狩り場」

ここら辺は、原生林よりも手前。できるだけ森にエルフの手を入れていないが、それでもエルフの往来は多い場所だから、必要最低限の看板などはある。

それから石切場やら、狩りの道具や獲物の肉の加工場もある。

森を壊さないように作っているとエルフは銘打っているが、開墾していることに変わりはない。ただ人間のように、木々を全て切り倒して平地にすることはなく、森に見えるよう木々を残しているに過ぎない。


「さすがにこの早朝は狩人は誰もいないか」

竜皇一行が通るから、万が一怪我をさせてはならない……と言う配慮かも知れないが。


「えぇ。それにこの道は祭壇に向かう道です」

リリィが告げる。

「そうだった。祭壇の周辺は狩り禁止だったな」

万が一の場合は身を守るためなら仕方がないが、それ以外は争うことは禁止、武器を使うことは禁止、狩りは禁止。

やむおえずここで殺生をしたのなら、祭壇に深く祈りを捧げねばならない。


「ほら、リューイ。祭壇だ」

「エルフの祭壇ですか……あれは竜神を祀っているものとは違いますね」

さすがは本場の竜人である。


「あれは精霊を祀っているんだ」

「釜の……?」


「そうだな。含まれることもある。どの精霊に祈るかは個人の自由だからな」

「アバウトですね」

「それだけ祀る精霊も、祈る精霊も多く集まる。それが世界樹の森だから」

元来、ここはそのような場所なのだ。


「我々も祈りを捧げるんですか?」

「祈りってか……俺たちが挨拶する本当の祭壇は、原生林の奥地にある。俺にとってここは原生林の入り口。許可なきものは入るなと言う印。お邪魔します程度でいい」

許可なきものは奥地の本当の祭壇に入れないからこそ、ここで祈りを捧げさせたものだ。


それくらい、この奥は神聖な場所だが……俺にとっては実家だからなぁ。


「ただいま帰りました」

俺はそう告げるが。

「お邪魔します」

リューイたちはそう言い頭を下げる。


それなら多分……世界樹も拒まないだろうし、父さんも入れてくれるだろう。


「さ、行くぞ」

「はい」

俺たちは原生林の中に入る。


「まるでクロムと初めて森を探索した時のようです。少し……空気が似ていますね」

「まぁ、あそこも太古の森って言われるところだから……近いっちゃ近い。ただここはより一層世界樹に近く、この世界の根源に近いってだけだ」

いや……むしろこの森に似ているから俺もいつき、ヌシも俺を受け入れたのかもしれないな。


「根源……ですか。どこか神聖なのもその影響でしょうか」

「かもな」


「魔物はいないのですか?」

「いるが……森を荒らさなければ、そうそう襲ってはこないさ」

やつらも俺のことはよく知ってる。リリィに手を出せば兄貴に怒られることもな。


そうして数時間、リリィと記憶を照合させながら森の中を往く。


「所々にある人工物は……」

「昔の祭祀の道具やら、あとは経典が描かれた塔とか色々とある」

「興味深いですね」

「だろう?でも夢中になりすぎると……迷うぞ」

「そ……っ、それは……っ」

慌てて俺の腕に掴まるリューイに、周囲から苦笑が漏れる。……ったく。お前はまだまだひよっこだな。頼られるのもリューイの手の感触も……好きだけどな。


「あぁ、あそこだ」

鬱蒼とした森の出口に、平原が広がり、うちの実家の建物が現れる。そして建物の前には、結界の中に招き入れてくれた、父さんと……それから母さんが待っていた。父さんはハイエルフだから、いかにもエルフらしい美しい金髪にエメラルドグリーンの瞳を持つ。名はルーンと言う。


隣に立つのは俺の母親で、俗に言うハーフエルフと呼ばれる。東国の人間側から受け継いだ黒髪に、エルフ側から受け継いだ青い瞳、そしてリリィと同じ短く尖った耳を持つ男性だ。名をリーシアと言う。そして母さんはそれほどエルフの血は濃く出ていないから、耳は短い。

しかしどちらも人間側の髪色を継承するとは……ひょっとしたら血筋かもしれないな。


「ただいま」

出迎えてくれたふたりにそう告げれば。


「お帰り、クロム」

「お帰りなさい、クロム。それからみなさまも。待っていたよ」

父さんと母さんが優しく微笑んだ。


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