第23話 エルフ城の夜更けに
――――リューイはすっかり寝入っているか。
ゆっくりと身を起こし、リューイを起こさないよう静かに部屋を出、ひとり月明かりの射すバルコニーへと向かう。
「こんな夜更けに何の用だ」
老人は早寝早起きとは言えど、さすがに夜更けに起こされればたまったもんじゃない。
「あなたのお父君は未だ、後継者を指名しておられない」
暗闇の中からのっそりと現れたのは、長く歳を重ねたエルフである。しかしながらハイエルフの括りに入れなかった劣等感は、ハイエルフの血を人間と混ぜた、混ぜ物を侮蔑するために向けられる。
「あの方はもう晩年だ」
「だから?」
「だから……とは……っ、このままでは世界樹の結界の担い手がいなくなってしまう!」
老エルフが静かに声をあらげる。
「いくらか後継に高貴なエルフを派遣したが、結界に阻まれ入ることもかなわない!」
ただ高貴な血筋と言うだけで、結界の中に入れるはずがない。そんなことをしては結果が穴だらけだ。
「シュルヴェスターのやつに抗議したとて変わらん!もう誰でもいい、高貴なエルフを結界の中に迎え入れ、弟子として結界の担い手をと要求しても、あの男……生意気に突っぱねおって……!」
俺はともかく、兄貴はアンタが血涙流して盲信する完璧なハイエルフ何だがな……?しかしながら兄貴はエルフだの純血だのと言う理由で贔屓などしない。そう言うひとだから俺を守ってくれた、リリィを引き取って守り育ててくれた、女王ククルが本当に想い合っているロイドを王配につけた。
「お前は本当は……混ざりものとは言えあの方の息子……次代の結界の担い手を、知っているんじゃないのか!?」
それが俺をこんな夜更けに捕まえて尋問したがった理由か……。
「知らないな」
選ぶのは世界樹だ。世界樹が次代の結界の担い手を……番人を選ぶのだ。
世界樹にとっては、純血だの混ざりものだの、竜だの関係ない。ただ自身の守り手としてふさわしいものを選ぶのだ。
しかしそれをエルフたちが自ら追い出したのなら。世界樹の意思をも受け取らず、自らの都合の良いものを押し付けたのなら。
俺がそんなことを教えてやる義理はない。
「嘘をつけ……!この忌み子が……!」
混ざりものであるがゆえ、忌み子と呼ばれる。散々蔑んでおいて、都合のいい時だけ使うとか、本当に呆れて目も開けて入られない。
「こうなれば、無理矢理にでも……っ」
老エルフが俺に迫る。遂に実力行使に出たか……っ!俺は思わず身構えるが……すぐに構えを解く。
俺の隣に立ち、抱き寄せてくる番に気が付いたから。
「私の妃に何をするつもりだ」
「りゅ……竜皇陛下……っ、何故……っ」
「せっかく番の匂いに抱かれて心地よく寝ていたのに、それがとたんに離れていく。それに気付かぬ竜などいるまい」
何だ……気が付いていたのか。完全にひとりで解決するつもりだったんだがなぁ……。何せこれは、俺自身の問題だったから。
「我が妃に手を出した……その罪は重いぞ」
世界を統べる竜皇の妃。それが混ざりものであろうが、俺であろうが、自身の勝手な都合で手を出していい訳じゃない。
「わ……私は何も……その、混ざりものが勝手に……っ」
「ほう?では混ざりものでなければ良いのか?ならび私がお前のしたことを証言しよう」
続いて現れたのは、兄貴である。老エルフが憧れてやまないその純血のエルフがそこにいる。
「く……ぅ、こ……この、紛い物!」
おいおい、兄貴に対して、この老エルフは何を言うつもりだ……?
「私が紛い物……?どういうことだ」
兄貴の静かに迫る圧に、老エルフは震えが止まらない。
「お……お前は……我らエルフではなく、混ざりもののこやつや、王配を招き入れた……!そんな……そんなものが……ハイエルフなものか……!お前は……偽物だ……!」
「……これだから血統主義者は……」
兄貴の地を這うような声がひしひしと男に襲い掛かる。
「そんなもの、どうだっていい」
「……は?」
兄貴のそのひと言は、ハイエルフをまるで神のように崇め、劣等感を募らせて来た男には今までの何百年と言う時を否定されたかのような衝撃だったろう。しかし、俺もどうだっていい。混ざりものだって、何百年もこの血統主義者たちにより弾圧され、迫害されてきたのだから。
なのにお前だけ、血統主義を振りかざして立っていられるだなんて、そんなの不公平だろう……?
それじゃぁお前に否定され、死んで行ったものたちが浮かばれない。
リリィの母もまた、血統主義者によって神にされた被害者だ。もっとお前たちが、先代女王が、彼女の想いを大切にしてやっていれば。彼女に神のごとき思想を押し付けなければ、彼女は最愛の娘を遺し、自ら死を選ぶことはなかったかも知れないのに。
ほんと……混ざりものだけじゃない、混ざりものだからと差別せずに受け入れようとしたものたちまで……みんな、浮かばれねぇよ。
「ハイエルフであることで、弟を弟とも呼べぬ。最愛の伴侶の遺した忘れ形見ですら遺して死んでいく……。それがハイエルフだ。それならいっそのこと、ハイエルフなどなくたっていい」
兄貴は……ただの俺の兄でいたかったのだ。リリィの母もまた、ハイエルフではなく、ただただリリィの母でありたかったはずである。それをさせなかったのが、ハイエルフと言うエルフの血統である。
今でこそ、俺は兄貴の弟だと言える。しかしそうさせない時代があった。
恐らく兄貴は、女王ククルが混ざりものの血の後継者を産んだとしても、悲劇を繰り返さないよう、女王ククルを支えてくれるだろう。ロイドは兄貴を相手にしても、リューイを相手にしても怯まないほど、図太いしな。
多分親父もさ……同じ気持ちなんだよ。そして亡き兄貴の母親もそうだったのだと思う。そんなふたりに育てられた兄貴が、お前たちのような血統主義者を特別視するわけがない。
むしろ大切な友人を奪ったものどもだ。
「あぁぁぁぁ――――――――っ!!!」
しかし、自らの崇めていたものの全てを否定する兄貴の言葉に、老エルフは発狂するように叫ぶ。
そしてあろうことか、兄貴に襲い掛かったのだ。
「愚かな」
兄貴は小さく呟くと、あっけなく老エルフを弾いた。そしてさすがにこの騒ぎに、城の夜番の騎士たちが駆け付けて来る。
「こやつは竜皇妃を襲おうとした重罪人。牢に放り込んでおけ」
兄貴が命じれば、騎士たちが老エルフを連行する。
「やめろっ!お前たちはたちは騙されているんだ!その、ハイエルフの偽物に!混ざりものの紛い物に!」
俺は確かに混ざりものだが……紛い物とは何だ。兄貴を紛い物とし、さらに俺まで。本当に救いようのないやつだ。
兄貴はハイエルフである前に、このフォレスティアを何百年も支えてきた宰相で、このひとがいなくては、フォレスティアは竜皇国との国交だって維持できるか分からない。
そんな兄貴を偽物だなどとのたまう老エルフの言葉を聞くものはいない。
老エルフは問答無用で連行されていった。
「兄貴、ごめんな」
「別にいい」
兄貴が首を振る。
「しかし、どうしてここにシュルヴェスター殿が……」
リューイが問う。
「元々、兄貴と待ち合わせしてたんだよ」
あの老エルフではなくてな。
「歓迎式典だの、晩餐会だので、なかなか時間が取れないし、兄貴は宰相の仕事もあるからさ」
式典続きだからと言って、ほかの仕事を完全に休めるわけでもない。宰相が目を通さないといけないな記録もあるだろう。
さらに朝には原生林の奥地に出発するのだ。
「だからこの時間しかなくてな」
兄貴に寝る前に時間を作ってもらったんだ。
「でも……何故」
「兄貴にちゃんと報告してなかったから」
何故かこの兄貴は知っていたが。
「報告……とは」
リューイが首を傾げる。
「決まってるだろ?」
リューイに微笑みかけると、兄貴に向き直る
「兄貴、遅くなったけど……俺、結婚したんだ。リューイと」
それならリューイも一緒に挨拶に来たほうが良かっただろうが、この時間だからと寝かせておくことにした。まぁ、結局付いて来てしまったがな。
ならばちょうどいい。
「その……クロムとの結婚の挨拶が遅れて申し訳ありません」
仮にも竜皇が一国の宰相に向ける口調ではないが……しかし今は。
「クロムのことは、必ずや幸せにいたします」
俺の夫として、番として……。
一緒に夢を追い掛ける、伴侶として。
「……挨拶に来るのが遅い」
不満げながらも兄貴の口元に、少し笑みが漏れているのに気付く。
「結婚おめでとう、クロムウェル」
兄貴が俺の本名を呼ぶ。
「……幸せになりなさい」
「……ありがとう、兄貴」
「ありがとうございます」
リューイは兄貴に深々と頭を下げ、そして俺と並び、兄貴を見つめる。
「……あぁ」
兄貴も兄貴で、リューイが俺のために駆け付けたことに一目おいてくれたのかな……。
その小さな頷きは、気付きにくいかもしれないが、兄貴の精一杯の照れ隠しだ。
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