第22話 弟弟子


――――その晩。


寝る支度を整えれば、リファとリリィがお休みの挨拶にやって来た。


「ふたりともゆっくり休んでくれ」


「はい、クロムさま……!あと……」

リリィとリファが互いに顔を見合わせる。このふたり、すっかり仲良くなったなぁ。互いに混ざりもの……と言うだけではなく、単純に気が合うのかもしれない。


「クロムさまがおやつにと出してくださったパン、とても美味しかったです」

リファが嬉しそうに告げる。

あの最後に出されたふわふわの蕩けるパンか。美味しいと俺がたいそう気に入ったので、お代わりもたくさんあると教えてもらったのだ。それならばと、甘いものが好きであろうリリィとリファに日頃の感謝も込めて出してやって欲しいと頼んだのだっけ。


「気に入ってもらえて良かったよ」


『はい!』

喜ぶふたりを見ていると、何だか幸せな気持ちになるなぁ。ふたりと共に挨拶に来たスオウも見送って、俺もリューイと寝ようかねぇ。明日は明日で、世界樹の結界の元……原生林の奥へと赴くのだから。


「……んで?リューイ……お前は何が不満なんだ?」

晩餐会中は女王ククルがしゅーんとしちゃうため笑顔を保っていたリューイだが、寝室に戻ってからは見事にしゅーんとしている。


まぁ、その不満を抑えたのは褒めてやるが。


「その……クロム」

「うん?」


「あの男とは、どういう関係なのですか」


「……あの男……?まさか兄貴のことか?」

「違います!王配の……!」

「……え、ロイド?」


「な……何故名前で、しかも呼び捨て!さらにあの男、クロムのことを『兄さま』と呼んでいませんでしたか?」

「……あ、そうだったか?」

出迎えの時はほかにも高官がいたから、そうは呼んでいなかっただろうが、晩餐会は俺と兄貴が兄弟と言うこともあり、久々の兄弟水入らずとの女王ククルからの配慮もあって、給仕と俺たちと、少数の護衛のみだったもんなぁ。


だからロイドも普段通り……だったのだろう。


「一体クロムとどういう関係なのですか!クロムには兄弟は異母兄ひとりと……っ」

それは調べたのか?まぁ調べるか。しかしアルダもそれは教えておいて、ロイドのこと教えなかったの?長く生きていると、当たり前の事実になりすぎちゃって、いけないな。


「弟弟子だ」

「で……でし?クロムの……?」


「違う。兄弟弟子。アルダが俺の兄弟子なら、アルダから見た俺は弟弟子。ロイドは俺とアルダから見た弟弟子。俺の母さんの弟子だよ」

「あ……クロムのお母君の……」


「そう言うこと。アイツも混ざりものだ。それも、俺とは比べ物にならない特殊な……な。だからこそ、アイツが無事に成人するためにも、生きる術を身に付けるためにも、アイツの居場所はうちの実家しかなかったんだよ」

外界から隔絶された、原生林の奥地。

結界のヌシが呼ばねば立ち入ることもできない。俺があそこに守られていたように、ロイドも例外なく、世界樹の守護地と言う土地に守られた。

今でさえ外で暮らし、女王ククルの夫として暮らしてはいるが、真実が明るみになれば、竜皇国へは決して出入りできんだろうな。


「あの男……竜の血が入っていますね」

「……分かるのか」

さすがは竜皇だからであろうか。スオウたちほかの竜人たちは分からなかったようだが。


普通はあの濃い髪の色に、東の国の人間を思い浮かべる。獣人にも黒っぽい毛並みはいるが、それなら獣人の特徴がもう少し出るだろう。エルフと獣人はあまり交流がなく、それなら人間の方がエルフと関わりがあるから、人間の血が混じっているのだと判断することが多いだろう。

だがここで、竜の血だと言えるものはなかなかいないな。

竜とエルフの混ざりものなんて、想像するやつはほぼいない。


「普通はエルフと人間の混ざりものって言われるんだ、俺みたいにな。だけどお前の言ったとおり、アイツはエルフと竜の混ざりものだよ。本来は竜の遺伝子が強く出るのに、アイツの場合はなぜだかエルフが前面に出てしまった。リューイ、お前の目や、俺の髪と同じだ」

世の中には突然変異と言うものが存在する。絶対的な優性遺伝子など存在しない。遺伝子も時には誤作動を起こす。


「お前がより不満そうなのは、アイツに竜の血が入っているからか」

「竜の本能……なのでしょうか。シュルヴェスター殿はハイエルフだからまだましですが、あなたに親しげな竜の血の継承者がいれば、何だかもやもやしてしまう。妬いてしまう」

「全く……かわいい嫉妬だ」

「うぅ……クロムは私の嫉妬ですら、そうやって軽々と受け流すんですから」


「それが年の功かな」

「私はいつになれば追い付けるのか」

「年齢は追い付けねぇよ。先に生まれたものには、後から生まれたものは追い付けない。でもな……」


「クロム?」

「長命種がどうあっても追い付けないものを、縮めることができるのが人間だ」

「……それは」


「俺とお前が暮らした森、覚えているか」

「も、もちろんです!」


「森の連中は、俺をエルフと呼ぶ。しかし同時に人間の血も混ざっていると言う。俺をエルフとしても、人間としても認めてんだ」

あの森で暮らして、知ったことだ。

そしてヌシが俺に教えた、大切な世界の真実。


「混ざりものと言う、どちらでもない存在ではなく、どちらでもある存在として。獣や魔物……奴らのことを知能が低いとのたまうものはいるが、真実を認めるものと、真実を認めないものと、果たしてどちらが正しいのだろうな。……ま、それはともかく……真実を認めるものたちからすれば、お前もまた、竜であり、人間だ」


「私も……どちらでもあるのだと」

「そうだ」


「だから年齢はともかく、お前は年齢の壁を縮めて俺の隣を歩く……その能力があるってことだ。だからこそ、そんなに妬くな。俺もまた、お前と歩きたいんだ。双方が想いあっているなら、何を焦る必要がある。俺たちの目指す場所は、ふたりで目指す場所だろう?」

「……っ、クロム……はい、そうです。私たちは、同じ道を、ふたりで、歩くんですよね。目指す場所へ、一緒に……」


「そう言うことだ」

「はい」

リューイが目尻に涙を溜めながら、そっと俺を抱き締めてくる。やれやれ……今夜は久々に泣き虫な弟子のリューイが戻ってきたな。


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