第21話 晩餐会
そうして、俺たちは客室に通された。広々としたいい部屋だな。
「まぁ、外交上のあれこれがあるから、せめて一晩は、ここに世話にならないとな」
ここを新婚旅行先に選んだのは俺たちだが、さすがに出迎えてくれたフォレスティア王国から大々的にフォレスティア城への招待を受けて、素通りして実家に……とは行かないだろう。
むしろ兄貴のメンツのためにも、俺は兄貴の弟で、兄貴がいるから泊まってあげたんだよアピールをして滞在しようと決めた。
俺をバカにしてきた血統主義者たちに靡かずむしろぎゃふんと言わせるためにも、それがいいよな。
俺はお前らじゃなくて、あくまで兄貴の招待に応じたのだ。まぁ便宜上は女王の名で招待されているがな。
「クロム……」
広い客室を色々と見て回っていれば、不意にリューイが自信なさげに俺の服の裾を摘まむ。
「どうした?」
竜皇の威厳はどうした。完全に弱気弟子モードじゃないか。
「私はその……宰相殿に嫌われているんだろうか」
……は?あー……うん、そうか、まぁ、気持ちは分からんでもない。
「まぁ、兄貴と初対面のやつがだいたい陥る思考だな。そりゃ。だがそれで諦めると、リューイ、お前の敗北は決まりだ」
「わ、私が竜皇でもですか!?」
弱気弟子モードでも自覚がちゃんとあったのは褒めてやるが……。
「竜皇だろうが何だろうが、アルダでも苦虫を噛み潰したような顔をさせられる相手だぞ。お前みたいなポッどでの若造竜皇が勝てるわきゃねぇから」
「そんなあぁっ!」
リューイが途端に涙目になる。
全く……泣き虫なんだから。
「もしかして……クロムとの結婚も、反対されたりしないだろうか」
「俺が嫌がってねぇんだから、そんなことはしねぇだろ。……だが、ひとつアドバイスするとすれば……そうだな。惚気話でだいたい乗り切れる」
「ええええぇっ!?」
しかし、意外だが本当にそうなのだ。兄貴の反応や表情が変わらないから、みんな知らないんだがな……?弟の俺からすれば、充分に分かりやすいよ。リューイには特別に教えてやろう。
――――そうして迎えた晩餐の場である。
「本日は私たちのために晩餐会を開いてくださり、感謝する」
リューイが竜皇の顔でエルフの女王ククルと、王配ロイドにそう告げ、晩餐会がスタートする。
そしてその晩餐には俺とリューイ、そして兄貴も参加している。
「美味しいな、クロム」
「まぁな」
エルフの食事と言えば、木の実と答えるものも多いだろう。だが、木の実だけで生活していけるわけがない。実際はベリーを加えたパンのような主食や、ハムやベーコンのサラダ、川魚の焼き物など、様々だ。
排他的だとはいえ、森の恵みをふんだんに受けているからこそ、食文化は豊かだな。……人間にはなかなか及ばないが。
「お気に召していただけたようで何よりです。シュルヴェスターに竜皇妃さまの好みを聞いておいて正解でしたね」
女王ククルが微笑む。
「く……クロムの好み……っ」
そしてリューイはどこに妬いてんだ、どこに。兄貴だぞ?俺の好みくらい知り尽くしてるだろ。何せ相手は俺が生まれた時から既に成人していて、共に過ごしてきた仲なのだから。
最近はなかなか会う機会がなかったとは言え、それでも俺がどういうものを好むかは熟知しているのは……相変わらず兄貴だな。
ん……。ベリーを使ったパンは相変わらずうまい。長く生きてはいるが、これだけはずっと飽きないな。中に練り込むものはベリーのほかにもナッツや果物と、バリエーションが豊富ってのもあるだろうが。
上のサクサク生地としたのふわふわ生地の感触が特に好きなんだよなぁ。
「ん……うまい」
そんな満足げな俺を見て、リューイはしょんぼりしている。おいおい、竜皇が他国の晩餐でしょんぼりするんじゃないの!
女王ククルがどうしましょうと不安がってるだろうがっ!
「竜皇陛下の好みの情報も仕入れたのですが……お気に召しませんでしたか……」
まぁ、兄貴経由ならアルダから情報を仕入れられるだろうけどなぁ。
「そ……そんなことは……!お、美味しいです」
リューイ、渾身の笑み。その必死さを見てか、それとも勝利を確信したのか、兄貴がフッと笑う。
「……っ」
リューイ、再びの敗退。つーか……せっかくコツを教えてやったのに。
兄貴に正面から挑もうなんて100年早いぞ。これは人間たちがよく使う比喩ではない。モロに100年だ。
それでも人間たちは、この100年を1年、いや、1ヶ月に縮めるものすらいるのだから、可能性は果てしない。俺もリューイも、そのコミュニティーの中には入れなんだが、それでもその血を受け継いでいるんだぞ?
「……リューイ、もう忘れたのか?」
仕方がないので助け船を出してやる。
「く……クロム……っ」
「(兄貴対策!)」
「(わ……分かった)」
ようやっと折れたリューイが、再び兄貴に向かい合う。
兄貴もまだやるかとリューイを睨む。
その風景を緊張しながら見守る女王ククルと……ロイドは肉のお代わりを頼んでいた。ほんとアイツ……相変わらず図太いな。
いや、そうでもなけりゃぁ、女王ククルの隣で伴侶はやっていないが。
「その……クロムは、錬金術の腕も見事、踊りも美しく、至宝の存在です。もうどれだけ見ても、見飽きないどころかどんどん魅入られてしまいます」
「……」
兄貴に向かって俺をべらぼーに誉めちぎる。つか、どんどん魅入られるとか持ち上げすぎだが……。
「……ふん」
おや。
「(クロム!?)」
そっと視線を反らした兄貴に、リューイは不安そうに俺に縋る。
「おめでとう。兄貴に無事認められたようだ」
「え……今のでですか!?」
信じられないと言う表情のリューイだが、何とか第一関門はクリアしたようだ。
「クロム兄さま、今焼き立てが来ましたよ」
そう、ロイドが告げれば、追加の焼き立てパンがやって来た。おぉ……っ、これを待ってたんだよなぁ~~。
「ありがたくいただこうか、リューイ」
俺はルンルン気分だったのだが、何故かリューイが一瞬複雑そうな表情を浮かべ、すぐに元に戻る。うん……?何だったんだ……?
「これ、美味しいんだよ」
給仕が小皿に盛られたものを俺たちに配ってくれる。
このパンはどちらかと言えば、人間たちのシフォンケーキに近い。
焼き立てが命。口の中でじゅわっと蕩けるのが最高なのだ。
「んん……っ、おいひぃっ」
「……クロムが満足なら、いいですが」
楽しい晩餐会なのになーんか乗り気ではなさそうに見えるのだが……。リューイはパンもの、苦手だったか……?そんなことはないと思っていたのだが。
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