竜皇妃の里帰りの章
第20話 エルフの王国
――――夏が来る。
夏は事前に決めておいた、新婚旅行の季節だ。竜皇が長期で国を空けるから、その事前準備で城は大忙し。
そうして準備を終えた俺とリューイは、リファやスオウ、護衛や伴のものたちと共に、新婚旅行に出立した。ラシャはお留守番で不満そうだが。
外交上の都合もあって、新婚旅行先は滞在国の国主への挨拶が必要だ。
ならば竜皇国内でと言う話もあるだろうが、竜皇の新婚旅行は、番の故国への里帰りの意も含んでいる。普通は番の故国……人間の国が新婚旅行先に選ばれる。
新婚旅行先の国を決めた際に、人間の国は番の故国として選ぶべきだと小言をもらったのは確かだが、俺は人間の国の出身でも何でもないので、選ぶ筋合いはないと突っぱねた。むしろ故国だから選べと言うのなら、俺が選んだ国こそ、一応は原籍を置いていた故国である。
故国らしい思い出などほとんどないがな……。
「ここがエルフの国……フォレスティア王国ですか」
馬車の小窓から外を見れば、やはりエルフが多い。そして排他的なところがあるから、他種族は少ない。
「そ。一応このフォレスティアの国土に生まれ落ちたが、俺がそだったのはエルフの森の原生林の奥。世界樹の森と呼ばれる区画だ」
普段は部外者は入れない、父さんが結界を張っている区画。
そこで父さんは番人をしているから。そこで母さんと隠れ家に暮らし、俺を産み、育てた。
兄貴に会いに王都を訪れることはあれど、そのくらい。この国は俺にとっては思い出がだいぶ薄い。
フォレスティア王城に着けば、馬車の扉が開き、リューイにエスコートされながら俺が降り立つ。
エルフってのは無駄に長生きだからこそ、俺の顔を知っているものもいよう。
中には俺の顔を見て、あからさまに嫌悪の表情を浮かべているものもいる。
しかしこの場には竜皇もいる。そしてエルフの女王ククルと王配ロイド夫妻と宰相シュルヴェスターが出迎える中、そんな度胸のあるものはいないらしい。
俺が混ざりものとは言え、リューイたちがいなけりゃ竜皇妃にいちゃもんつけていいと言う考えもどうかと思うが……。
無駄に年を重ねたせいか、態度が大きくなっているのだろうか……?
「ようこそお越しこしくださいました。竜皇陛下、竜皇妃殿下」
出迎えた女王ククルは、淡いオレンジの髪にエメラルドグリーンの瞳の美しい女性で、エルフの年で言えばまだ若い。
でも兄貴シュルヴェスターと気の合わなかった先代女王とくらべりゃ、ましか。
そして女王の隣立つのは王配ロイドである。彼はエルフの血を受け継いだ混ざりものであると、その短く尖った耳とダークグレーの髪の色が告げている。
しかし……少なくとも女王は、混ざりものだと言うことで差別をするようなひとじゃない。だから、ほかのエルフの長老たちが何を言おうと、俺は旅先にエルフの国フォレスティアを選んだ。
長老たちにとっては、竜皇がエルフの国を訪れたことこそが誉れ。そこに竜皇妃はいらないと言わんばかりに蚊帳の外に出さんとする。
「では、晩餐の時間までどうぞおくつろぎくださいませ」
女王ククルの言葉で、俺たちはフォレスティア国城の客室へと案内されることになった。案内人は……。
「リリィ、久しぶりだ」
「はい、妃殿下」
優雅に礼を返してくれるのは、兄貴の補佐であるリリィだ。
「気心が知れているだけよかろう」
そう、兄貴が漏らす。相変わらずの取っ付きにくそうな雰囲気を醸し出しているが、それでもリリィをつけてくれたのは兄心かな。
しかし、その時。
「何故竜皇陛下への案内がハーフエルフなんかが務めるのですか!竜皇陛下への不敬です!竜皇陛下のご案内は、私のような高貴なエルフが務めるべきです!」
そう叫んだのは……ハイエルフに近い血筋と思える、とても美しいエルフの少女だ。エルフにしては……若い方だな。
しかし……せっかく兄貴の機嫌が良かったのに……今の茶々のせいで兄貴の機嫌がぐぐっと悪くなったのが分かる。
「竜皇陛下の御前で不敬極まりない」
兄貴の声が凄味を帯び、若いエルフがびくんと身をすくませる。
「貴様が案内役を貴様ではない理由?決まっているだろう。竜皇に色目を使い、竜皇妃をいないものとして見てみぬふりをする……そんな不敬なものを、案内役につけさせられるか!」
兄貴が一喝する。
「このエルフを今すぐここから摘まみ出せ!」
「お、お待ちください!」
しかし、兄貴の命に、騎士たちは若いエルフをこの場から引きずり出す。
「大変失礼した」
「よい。あの不快なものを我が番の前に見せなければ、今回のことは不問とする」
リューイ……竜皇らしい、堂々とした言葉だな。ある意味正しい、竜皇としては……。でも……兄貴の前では減点だな。
「いえ、私の弟ですので」
「……っ」
今まで私情を挟まず淡々とやってきたのに兄貴ったら。リューイが前に出すぎたために、兄貴も手段を選ばなくなってきた。
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