第19話 リファの悩み
俺の侍従になってくれたリファはとっても優秀である。さらにはその愛らしさも相成って、周りの侍女たちにも大人気だ。
かつての問題ある侍女長や侍女たちは追放したものの、リファが半竜人であっても差別などをしない女官たちは、変わらず城で勤めている。中にはリファの働きぶりを認めてくれて、態度を改善してくれたものもいるしな。
そんな矢先のことである。
「妃殿下」
「ん……?どうした」
何か用事がある際は、いつもなら一番にリファが来るはずなのに、今日は他の侍女である。
「実は折り入ってご相談が。……リファさまのことです」
「リファの……?」
一体何事だ……?
「説明するよりも、見ていただいた方が早いかと」
いや……見るって何をだ……?
侍女に案内されていけば、そこには他にも侍女たちがいる。
そして物陰からあちらだと示してくるので、覗いてみれば。
そこにはリファと仲良さげに話をするラシャの姿がある。
「何だ、兄弟仲良く話してるだけじゃないか」
リファはまだ休憩中だし、ラシャに時間があるのなら、兄と話すくらい問題ないと思うが……?
「んもぅ、妃殿下ったら!」
え……?何で俺怒られてんの?
「鈍いでございますのよ!?」
いや、鈍いって何が!
「よくご覧遊ばされませ。あのリファさまの頬の紅潮具合……あれは確実に、ただならぬ気配を感じます」
「いや、どこが。普通に兄弟仲良しなだけだろ?」
「んま……っ、これだから殿方は……!」
「妃殿下は恋愛に関して激にぶでございますわ!?」
いや、だから何で俺がそんなに責められにゃぁならん。
「陛下が妃殿下をあからさまに誘っているのに、妃殿下はつーんと無視して錬金術の会誌を漁っておりますし……!」
「いや、何か視線がウザくて」
「愛しき番からの熱き視線ですわよ!?盛り上がらなくてどうしますか……!」
「妃殿下は乙女心……いえ、受け男子心を鍛えねばなりません」
「いや、俺もう200歳だし。とっくに枯れかけてるし、そんなのいらんけど」
乙女じゃねぇから、俺は。そんなトキメキを覚えるほど、若くない。
「んま……っ!これは重大だわ!近年人間の間で流行っている絵図本を妃殿下に!」
「そうだわ!もう城の予算で書庫に入れてもらうべきよ!」
「それがひいては竜皇陛下のためにもなるのです……!」
いや、よく分からんが。
「福利厚生って面なら、お前らが楽しめるんなら申請してみたらどうだ?」
「妃殿下も楽しむのですよ!!」
「え、俺はいいよ……」
「ダメです……!リリィさんに告げ口しますわ!」
「いや、何でお前らリリィのこと知ってんの!?」
絡みないだろ!リリィはエルフの国の宰相の遣い、彼女たちは皇城に勤める一流侍女!
「エルフの国からご祝儀をいただいた際に、いろいろと」
そうか……そう言う絡みか……!確かに彼女たちは俺宛のご祝儀の受け取り手続きなんかもしているはずである。
「そもそも何でそれで仲良くなるんだよ」
「女子をナメてはなりません」
いや、その原理はどうあってどう結つくんだ……!?全くもって分からんが……!
「リリィさんが仰ってましたわ。妃殿下の弱点は……アルダさまではなく……兄君だと……!」
そんなところまで何で掴む……!そしてリリィも漏らすなよ!竜皇妃の個人情報を……!
いや……まぁ長く生きてりゃ、いろいろと知られることもあるし……いいけどな。
「それに妃殿下が読まれたら、リファさまも読みやすくなるかと」
「いや……逆では……」
「いいえ、リファさまはどこか、遠慮していらっしゃいますから。敬愛されている妃殿下からのオススメであれば、お読みになるのでは?」
うぅ……言われてみれば……なぁ。彼女たちも彼女たちで、プロである。何十年、下手したら100を超えて侍女を務めるものもいる。
だからこそ……よく見ているし、重要な人脈ならばすぐに見抜き、現にリリィとも親しくしているのだろう。
「そして今も、リファさまは遠慮していらっしゃるのです。兄君に対する秘めた恋心すら……アルダさまに打ち明けられず……あぁっ」
一斉に涙する侍女軍団。
「いや……それは……そうなのか?」
「そうですとも!少なくともスオウさまへの視線とは全く違います!あれは恋する受け男子の視線ですわ!」
「……それが本当だとして……どうすりゃいいんだ」
「仲を取り持って差し上げるのも、妃殿下の大切なお役目ですわ」
そんな役目、聞いたことないんだが。
しかし……リファは……確かにラシャに対し、何かしら特別な感情を……持っているのやも知れないな……。
その夕刻。
「リファ」
「はい……!」
リファがいつものように可愛らしく駆けてくる。
「……」
俺ももう200のじいさんだからな……ここは年長者として、ちゃんと言ってやるべきだろう。
「ラシャとはどうだ?」
「どう……とは……その、仲良くしていただいてます」
「そうではなく……だが……」
「へ……?」
「そうだな、ある話をしようか。うちの親父の話だ」
「クロムさまの……お父さま……ですか?」
「そ。今や800歳のジジイだが、今の伴侶……俺の母さんは後妻でな。遠い昔、前妻……兄貴の母さんと結婚していた。だが、兄貴の母さんは姉さん女房でな……。父さんはまだ若く、彼女から相手にしてもらえないと、100年以上も片思いして、ようやっと思いを告げた頃には、もう兄貴の母さんは晩年近く。ギリギリ兄貴は生まれたが、しかし先立たれた。父さんは今でこそ母さんがいるから言わないが、長らく思いを告げなかったことを後悔していたと、兄貴から聞いたことがある」
「……」
リファはその話を真剣に聞き入っている。
「リファが気にしているのは寿命か?」
竜皇妃となったことで寿命の壁を飛び越える俺が言えることでもないだろうが……。
「気にしすぎれば、時を逃す。失う時間は、本来あったかもしれないものだ。後悔するのなら、先へ進む方が賢明だ」
「でも……」
リファが俯く。
「お父さまはきっと……許しません」
お前たちは……血が繋がっていないとはいえ、兄弟だ。寿命のことはともかく、そちらも課題と言えば、課題だな。
「アイツが兄弟だからと言う理由で許さないなら、俺たちの養子になるか?」
長いこの生で、母さんのように伴侶を持つことなど考えて来なかった。むしろできるわけはない、ずっとひとりなのだと高を括っていた。
だから、子どもなど……持つことなど考えてすらいなかった。けれど……今は違うから。
「……っ、けれど、竜皇陛下には、御子はおひとりで……」
代々ずっとそうだった。リューイも、先代竜皇だって一人っ子。人間の花嫁は、跡継ぎをひとりだけ産み、その御子が次代の竜皇となる。
「代々そうだっただけで、養子を迎えちゃぁならないなんて決まりはないはずだ」
「それは……確かにそうですが」
「それに俺は、いろいろと前代未聞の竜皇妃。養子を迎えるくらい、どうってことない。リューイも賛成するはずだ」
何たって、俺たちの子ができるんだぞ?
「……あうぅ……でも、竜皇陛下の方が……ぼくより年下です」
「……あ」
思えばそうだったな……?しかし……。
「うちの母さんも、自分より年上の息子がいるんだ。リューイにとっては大師匠。大師匠の功績でもあるんだから、問題ないさ。もしリューイが反対するようなら……破門だ!」
「ええええぇっ!?」
リファが驚く。
そして次の瞬間。
「ダメです!クロムの一番弟子と番の座は、誰にも譲りませんから!」
部屋に駆け込んで来たリューイは、一体いつから聞いていたのやら。
しかし血相を変えて飛び込んでくるさまには、なんだかかわいらしいと思ってしまった。
「もちろん、リファをうちの養子にするのも賛成です。アルダが頑固なら……となりますが」
「……ふふっ、だな」
リューイにとっても、リファの仕事振りは感心するものなようだし、同じ混ざりものとしても目をかけているようだ。
「よし、それなら。早速今日はアルダの家に突撃だな!」
「そんな急に……大丈夫でしょうか」
リファが躊躇う。
「なぁに、気にすることないさ。いつも突然家に招いてくるのは、アルダの方だ」
「そう……言えば」
リファがすんなりと納得する。全くアルダは……リファを保護した時もそうだったから。
そしてそれを受け入れる、女将さんも女将さんなんだがな。
そしてその夜、リューイに残業禁止令を出されたアルダとラシャは、屋敷に帰っていた。
俺とリューイ、リファはそこに突撃した。しかし、『誰に似たんだか』と微笑ましく笑う同じく受け男子な女将さんに招かれ、アルダとラシャ、女将さんとスオウも呼んで、家族会議さながらの雰囲気である。
そして俺はアルダに事情を説明する。
「……と、言うことだ。お前が認めないのなら、リファはうちでもらうから」
「そ……そんなの認められるかぁっ!!!」
かわいい末っ子息子の養子縁組に、いつも冷静沈着なアルダが……壊れた。
その認められないと言うのは……養子縁組の方だよな……?なら、ラシャとの婚姻は……?
リファがうちの養子になる。ラシャたち兄弟も発狂しそうな話題だが、しかしラシャとリファが結ばれることができるかどうかの瀬戸際。ふたりとも固唾を呑んで見守っている。
「その……結婚は……お前たちが望むのなら、私は反対しない」
アルダがポツリ、ポツリと語り出す。さすがに『息子は嫁にはやらん!』とは言い出さなかったか。まぁ、リファもラシャもアルダの息子なわけだしな。
「だがリファはうちの子だ!お前らにはやらんぞ!」
相変わらず親バカな。
「でも、どうなさるので?戸籍上兄弟では結婚はできませんよ」
と、女将さんのまともなひとこと。確かにそうなんだよなぁ……?血は繋がっていないし、ふたりは正真正銘愛し合っているのだから、倫理的な問題はない。
「なら一度は養子に出さなきゃならねぇだろ?」
少なくとも、ラシャと婚姻を結べるように。
「それともアルダ……お前、リファをどこの竜の骨とも分からんやつに養子に出すのか?」
「そんなことはできん!」
アルダが即座に反対し、リファがしゅんとなってしまう。
「その反面、俺たちなら」
「えぇ。リファも宰相令息の番として、確かな身分が与えられます」
「それは……その」
「もちろん、侍従はこれまでどおり続けてもらいたい」
リファがいて、俺も周りも助かっているし、癒されている。今さらリファがいなくなるだなんて耐えられないだろ。禁断症状がでるから。あ……これ、アルダファミリーと同じか……?
「リファは……それでいいか」
アルダの問いに……。
「もちろんです、お父さま」
リファが静かに頷き、そしてラシャがリファにそっと寄り添う。
「……分かった」
その日、異色揃いの竜皇・竜皇妃夫夫が養子を迎えたとあって、竜皇国のみならず、世界中を湧かせた。しかもその養子は宰相の末子で竜皇妃の専属の侍従。そして養子となったリファは、すぐに宰相の嫡男に嫁入りし、今も竜皇妃の側で遣えている。
自らの侍従のために養子縁組までして、そのお膳立てをした竜皇・竜皇妃夫夫の話は、周囲の侍女たちにいろいろと脚色され壮大なラブロマンスとして世界を賑わせていることを知るのは……もう少し後の話だ。
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