第18話 錬金術師の妃


――――本日は錬金術師の仕事である。


「依頼……来ませんね」

ボソリ……と、錬成室の弟子が呟く。確かに……錬金術師の工房部署として立ち上げたものの、依頼はアルダが寄越す数件しかこない。これでは練習にならないし、素材はできるだけ自分たちで採集させているが、調達にかかる雑費も公費なのだから、無駄に使う分けにもいかない。


「錬金術師も基本は営業だ!新人、または新規オープンの工房ならば、オープンしたからといってすぐに依頼がこないのは当たり前だ!」

そりゃぁみんな、どんな錬金術師なのか知らないし、時にはどんなものが作れるかも知らないことだってある。


「依頼が来ないのなら、営業あるのみ!班に分かれて手当たり次第に営業に行くぞ!いいか!」

『は……はい……!』

こうして錬金術師たちの営業が始まった。


※※※


「何か困っていることはないか」

「いえその……とんでもないです……!妃殿下にお願いすることなど……」


「なら、洗い場は備品の修理や改修なし、補充も不要だな。せっかく予算が出るのにもったいないが……分かった。他の部署を優先しよう」

「えちょ……っ、待ってください!予算の増枠なんて聞いてませんが!?」

「そりゃそうだ。予算は錬金術部門に降りる。うちに依頼してくれりゃぁ恩恵が受けられるが、各部署から中央に求めても、予算の増枠はなし!だがお前たちは必要ないんだろう?うちに割り当てられた予算だって民の血税だ。一滴たりとも無駄にはできないから、必要ないなら必要な場所に回す。当然だろ?」

「……それは……その……」

「それともやっぱり、必要なものでもあるなら聞こうか」

「い、今すぐ書き出して来ますので……!」

そう言うと洗い場の担当が大急ぎで発注書を持ってきた。


「発注ありがとう。順次錬成して納品するから、よろしくな」

「よ、よろしくお願いします……!」

少々手荒だが……こびへつらったところでナメられるだけなら、どーんといかないとな!それに俺、一応皇妃だから、竜皇のリューイのメンツもあるだろうし。

よし、何はともあれ、無事に顧客ゲットだな……!


そして城内の工房に戻れば、無事に受注を受け付けたと言う声がたくさん届く。みんなちゃんと受注を勝ち取れたようじゃないか。いい傾向である。


「では早速、優先順位の高いところから錬成していくからなー」

『はい!』

一通り目を通して、城内の3つの錬成釜で錬成を始めてもらう。

素材が揃っていないものは調達から。


――――一方で。


「その、クロムさま」

「どうした?」

半竜人ではない、数人の竜人の錬金術師たちがこそっと報せてきたのだ。


「その……部署によってはあからさまに、半竜人の作ったものなど使えないだの、竜人が錬成したものに限定しろだの、半竜人の錬成を受注してやってるのだから優先的に仕上げろだのと言う声もあって……」

「……どこの部署だ?」

「それは、ここと、ここと……」

彼らも半竜人たちへのあからさまな蔑視に納得がいかないようで、余すことなく事細かに教えてくれた。

ま……そう言うやつはやっぱりいるよな。


「受注順は順番通り、早めろと言うのなら特急料金をその部署からもらう。錬金術師の種族は指定不可。無理矢理要求するならパワハラセクハラダメ絶対。監査で適正に処理してくれ、我が一番弟子よ」

くるりと振り返り、該当の部署からの受注書を突き付ければ、一番弟子が苦笑まじりで頷く。


――――が。


「そこは竜皇として依頼してくれないのか」

そうぼやくリューイの姿に、錬金術師たちに緊張が走るが。


「ん?せっかく俺の一番弟子にしてやったのに、お前は俺の一番弟子よりも竜皇であることの方が重要なのか?破門してやろうか?そうしたら第一に竜皇として要求してやる」

「いえ……っ!師匠の一番弟子の座は誰にも譲りませんよ……!」

リューイのあたふたとした様子に、思わず周囲に笑いが漏れ出たのだった。


※※※


その後、俺たちは錬金術を通して、城内のいろいろな問題を解決していった。


「ありがとうございます!前よりもずいぶんと立派になりました……!」

洗い場に感謝されたのは傷んでいた物干し竿。こちらも錬成でリサイクルした。


「ほかにも漂白剤やら洗剤やら、汚れに合わせて錬成できるから、興味があればどうだ?」

継続的な受注のためなら、修理や修繕の他にもリピートできるもんも勧めていかないとな。


「そんなものまで錬金術で作れるんですね……!?それは是非……!ただいま注文書に追記して参ります!」

担当者はすぐに追加の洗剤や漂白剤を書いて注文書を提出してくれた。


「他にも何か困ったことがあれば相談してくれ」

「はい!ありがとうございます!妃殿下」

妃殿下……妃殿下ね。その呼ばれ方もすっかり馴染んだなぁ。

そして営業や錬成したものの配達をこなしていけば、錬金術や半竜人たちの城での評価も上がっていっているのが分かる。


「あ、そうだ……あとあいつらのところにも行かなきゃな」

半竜人だからと不当な要求をしたやつらにも、出向いてやらにゃぁな。


「あー……錬金術部門のものだが。依頼の件で来たー」

「やっと来たのか!一番にうちを優先しろと言ったのに、これはどういうことだ!これだから半竜人はグズでのろま……」

担当者が顔を真っ赤にしながらこちらに突っ込んできたのだが……俺の顔を見るなり、ピタリと固まり顔が青くなった。いや……正確には俺の後ろを見て。


「な……なぁ……何で、へ、陛下が……っ」

半竜人を見下すくせに、さすがに竜皇への恭順の意は持ち合わせていたか……?いや、本当に持っているのなら、リューイが半竜人たちや俺と同じ混ざりものであることを受け入れているか。

しかし相変わらず、竜皇だけは特別らしい。だが、今は竜皇の前に……。


「俺の自慢の一番弟子を連れてきただけだが?」

「卑怯だぞ!皇妃だからと……!」

その主張は主張でどうかと思うが。


「皇妃だろうが何だろうが、錬金術師の師なのだから、弟子に勉強させてやるのも師匠としての務めだろう?」

「えぇ。実際にこの目で見たことで、とても勉強になりましたよ、師匠」

後ろから、リューイの賛同する声が続く。


「さて、この部署はずいぶんと他部署への圧力が激しいようだ。これでは周りの部署もやりづらかろう。早急に体制を見直すこととしよう」


「では、依頼の品はこちらのスケジュール通りに届けるから、せいぜいそれまでに、その首持つといいなぁ?」


俺たちの言葉に、担当者がへなへなと崩れ落ちる。


「さて、リューイ、戻ろうか」

「はい、師匠」

こんなすぐに変わるものでもないと思っていたが……いや、錬金術あるある……かな。

錬金術を知って、便利さに気が付き好感を持ってくれるものたちも今までにはたくさんいた。俺が混ざりものだと知って離れていき、他の錬金術師を当たるものもいた。俺はそう言うやからはさよならしてしまったし、そうしなかったものたちとずっと関係を繋げてきた。


……けれど、混ざりものであることを隠さず向かい合っている以上は……彼らは俺がしてこなかったことを確かに成し遂げていると言うことだ。

あの頃の俺と違うのは……そうだな。仲間がいるから……それとリューイとの夢があるから……かな。


そうしてリューイと錬金術部門に帰れば、慌てて弟子が飛び出して来た。


「クロム師匠、大変です!釜の……釜の精霊が……!」

「は……?精霊……!?」

あいつらは普通に感謝を込めて使っていれば何もしないはずだぞ!?

急いで錬成釜のある一室に飛び込むと、そこには錬成釜の中から飛び出した半透明の……釜の精霊と、それに睨まれ脅える女官たち。


「一体何事だ」

「その……錬成釜を見学したいといらっしゃったので……」

営業の傍ら、錬金術をもっと知ってもらうため、工房の見学なども受け入れているのだが……。


「我々の隙をついて、錬成釜に石を投げ込んだのです……!」

はぁ……何てことを。そりゃぁ精霊も怒るだろう。そりゃぁ石を素材として使うなら怒らないが、錬金術師でもない者が遊び半分で投げ入れれば怒る。ただの石なら、たいして旨いわけでもないからな……?


「ちょ……助けなさいよ!エルフの混ざりも……っ」

女官のひとりが俺に気が付き怒声を浴びせようとしたが、俺の隣のリューイの姿に、またまた言葉を失う。


「師匠、このような場合はどうすればいいので?」

「ふむ……せっかくだ。精霊の気の済むまでやらせてやれ。ついでに釜にいたずらしたらこうなるんだと、城内に広めてやりゃぁいい」

今後も営業のために、見学ツアーは組むつもりだが、営業妨害をされたのなら徹底的に叩くところも見せてやらねばな……?叩くのは、精霊だが。


『※――――※※――――』

「え……?何……?」

「何を言っているの……?」

精霊の言葉に、女官たちがおどおどし始める。


「あれは精霊の言葉だ。俺は親父の影響か、幼い頃から聴いているものだから聞き取れる。俺は……こんな混ざりものでも、不思議と精霊たちは差別なく接してくれた。釜の精霊そうだ。だから聞き取ることができるし、釜を大事にしていると聴こえることもあるし、それからこうして精霊が実体を持たない普段の姿……通常ひとにも見えんものも目に映る」

「そうだったのですか……」

「……恐ろしいか?」

ひとは、自分には見えぬものを見ているやつを、時に恐ろしいと忌み嫌う。


「そんなわけないでしょう?クロムが見ているものが見えないのは少し悔しいですが、クロムはクロムですよ」

リューイがそう言うと、弟子たちもまた『当然です!』『師匠は師匠です』と返してくれる。騒ぎを聞き付け駆け付けた侍女やリファたちもだ。本当に俺は……周りに恵まれていたな。いつの間にか……。


「ですが師匠……精霊は一体何を……」

「まぁ、取り敢えず、すっごく怒ってるな」

そして精霊は恐ろしい形相で女官たちに猛吹雪を食らわせていた。


「……あ、この釜、氷や水と相性がいいのか……」

釜の精霊にも得手不得手がある。少なくともリューイの鱗を難なく錬成するのは隠れ家の釜くらいだと思うが……。


「錬成スケジュールをちょっと変えるか……」

早速資料を書き換えている傍ら、女官たちの哀れな絶叫が響けば、満足したらしい精霊はパタリと姿を消していた。


「そいつら追い出して……それから、釜磨いてやってくれ」

そう伝えれば、弟子たちが恐縮しながらもリューイと一緒に気絶する女官たちを外に運びだし、釜をぴかぴかに磨き始めた。


リューイも……ふふっ、ちゃんと覚えているみたいだ。

そして新たな受注書を確認していれば、ふと国外からの依頼を見付ける。


「兄貴……」

どこで俺のことを聞いたのか……いや、竜皇妃の名前くらい、各国の宰相が知らぬわけがない。そして俺がここでも錬金術師をやっているのは……アルダから聞いたのだろうか?


――――しかし、この数。


確かに旅をしていた時期は依頼を受けていなかったとはいえ……。


「弟子が増えたことも加味して……ってことか」

だが、せっかく錬金術師として復帰したのなら、兄貴からの依頼を無視するわけにもいかないし、あいつらの勉強にもなるからな。


だが……。


「一度、兄貴たちのところにも行かなきゃな」

結婚のこと、リューイのこと、今のこと。

今までは暫く会わずとも、平気だったのに。いつの間にか……兄貴と話したいことがうんと増えてしまった。


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