第17話 妃のお仕事


――――竜皇城に番が戻ったことで、おのずと妃の仕事も入るようになった。いや、むしろあのアルダが弟弟子を都合よく使えるこの竜皇妃と言う立場に目をつけないはずがないのである。


「やはり仕事が捗るな」

いい汗かきやがって、文官のくせに。いや、文官も城の中を走り回るのだから、汗くらいはかく。だがアルダのは、弟弟子をこき使って良かったと言う意味が込められているので、少しムカつくが。


「お前、しれっと妃以外の仕事も回していないか」

「竜皇はまだ若い。これからは古参を重宝するだけではなく、これからの竜皇の治世のために、若い人材も増やそうと思っている。お前は無駄に長生きなのただから、姉さん女房なんだから頼んだぞ」

「……お前なぁ……お前の倅もいるだろうが」

あの熱血バカの方じゃなくて……。


「父上!」

噂をすれば、現れたか。アルダによく似た毛色の竜人の青年が現れる。

確か……アルダの長男ラシャで、アルダの補佐をしているはずだ。


「どうした、いきなり」

「父上だけずるいですよ!妃へ会いに行く口実を使って、リファの顔を見に行くだなんて!!」

「いや……クロムにも用はある」

しれっと答えやがるが、使いを寄越さず直接来たのはそう言うことだったか。リファを見れば、かあぁっと顔を赤くしている。


「もう、父さまも兄さまも……!」

ぷくーっと頬を膨らませるが、かわいい。心行くまで、かわいい。

だからこそこの父子もメッロメロなのである。


「アルダばかりずるい……!」

そしてこちらの嫉妬大魔神も現れたかぁ。

リューイがつかつかと入ってきて、俺を抱き締める。


「そろそろ休憩の時間です」

「だが、執務がたまって……」

アルダが呟けば、リューイがにこりと微笑む。


「終わったから、確認してきてくれ」

「りゅ……リューイ……お前な……!」

しかしリューイの方が上手。俺に会いたいがために終わらせてきた内容を、アルダはチェックしに行かざるをえなかった。


「覚えておけ!あとラシャも来るように」

「な……っ、父上っ!」

「リューイに任せた仕事の量は膨大なんだ。お前も手伝え」

「ぐ……っ」

やはり抜け駆けは許せないらしいアルダは、難なく息子を巻き込んで、リューイの執務室に戻っていく。


「さて、クロム。気晴らしに城内でも案内しよう」

「……まぁ、そうだな。気晴らしも必要だ」

ずっと書類業務じゃ、肩が凝ってしまう。


そうしてリューイに付いて行けば、ふと年配と思われる竜人の男とすれ違う。

「ふん……どこの馬の骨とも分からん……」

すれ違いざまに敢えて俺に聞こえるようそう告げてきた。


「エルフの国の、宰相の弟だ。身の証になったか?」


「……え?」

「信じられぬと言うのなら、エルフの国の宰相に問うて見よ。容赦のない雷が落ちると思うが、アルダは庇ってくれねぇぞ」

アルダにとってもうちの兄貴は特殊らしいからな。

そう告げれば、男は予想外だったらしく、そそくさとその場を後にする。少し調べりゃすぐに分かるだろうに。

混ざりものと言うだけで見下しているのは明白である。


「クロムを悪く言うだなんて……あいつ罷免にしてやろうか」

そしてリューイはリューイで黒い。

「やめろ、そんなことで罷免してたら城の官吏がいなくなる」

さらには妃に狂った暴君扱いされるぞ。いや、それが竜皇にとっての番なのだろうが。


だからこそ、踏みとどまる必要もある。

俺は傾国になる気はないし。


「罷免するなら他のことにしろ」

勤務態度とかな。少なくとも職場のトップの前で妃の悪口を堂々と言う以上、掘れば何か出るだろう。そしてリューイはすかさず部下に指示を出していた。


「ではクロム、後は任せてくれ!」

「あぁ……うん」

まるで褒めてくれとばかりにキラキラした目で見つめてくるリューイ。適正に監査するなら……俺は構わんがな。


「それと……クロム。せっかくだから、クロムのために用意した場所に案内する」

「……俺のため……?」

私室なら寝室のついでに、昨晩案内してもらったが。


まさか無駄遣いしてないだろうな……と、思いつつ向かえば、そこには予想外のものがあった。


「錬成釜……!?」

その部屋の中は広々としており、部屋の中心には大きな錬成釜がある。

そしてそこに集まるのは、リファと同じ竜人との混ざりものの子らや、彼らと共に錬成を試している錬金術師と思われる竜人たち。

竜人の中で錬金術を嗜むものは、珍しいのに。


「あの、彼らは……」

リューイに問おうとすれば、俺たちに気が付いた彼らがぺこりと頭を下げてくる。


「お久しぶりです、クロムさま」

「ようこそ、クロムさま」

その……何か歓迎されているし……。


「実は竜皇国でも錬金術を広めようと思いまして。アルダの指揮のもと専用の部署を作ったのです。彼らはアルダやその弟子が声をかけ、集まった竜人の稀少な錬金術師仲間や見習いたちですよ」

そっか……竜人の中にも、やりたいと思っていたものたちはいるのか。


「アルダの影響かな」

何せ宰相さまも錬金術師だ。


「クロムの影響もありますよ」

そうリューイが告げれば、こくんと頷くものたちがいる。


本当に……俺の……?

そう思うと、何だか照れてしまうな。


「錬成部屋は今は全部で3つあります。でも……アルダが言うには、錬成釜は一部屋に1つだけだそうで……錬成鍋などは一緒にしていいのに、不思議です」

「そりゃ当然だ。……教えてなかったか?釜には精霊が宿るって」

「それは……はい。だから毎日ぴかぴかに磨くのだとも」

「そうだよ。何たって精霊が住んでいるんだ」


「そして何故か釜はひとつだと、アルダが」

「そりゃぁそうだ錬成鍋やなんかは、その錬成釜の精霊の力を借りてるから、一緒にしていい。違えば一緒にしちゃならん。錬成釜の精霊同士がのりわけ仲がいいことが分からないかぎり、喧嘩しちまうから分けるんだ」

「そう……だったのですか……!」


「そうそう。悪いな。うちの工房には1機しかないから、詳しく説明してなかったな」

「いえ……!クロムから……いえ、師匠からまた教えを受けられたこと、嬉しく思います」

律儀だなぁ……しかも……師匠か。昔を思い出しちまうな。


「そうだ……師匠、私の錬成もまた、見て欲しいのです」

「ん……まぁ、暇な時ならいいが」

せっかくだから、久々に立派に成長した弟子の調子もたまに見ておくのも悪くない。


「やはり陛下だけずるいです!」

しかしそこで、他の錬金術師見習いから声が上がる。ず……ずるい……?


「私もクロムさまの弟子になりたい!」

「ぼくだって……!」

「弟子は取らないって仰ってたから……」

そりゃまぁ、アルダに無理矢理リューイを押し付けられるまでは、取るつもりはなかった。俺の出自も出自だしなぁ……?


「でもお前ら、今はアルダの弟子なんだろ?」

「アルダさまは自由にしろと」

「お忙しい身ですし」

あんにゃろう……もしかしてとは思うが、最初から押し付けるつもりだったのでは……!?


「その……師匠、ここの長官も、師匠に任せたいと思っている。アルダも錬金術師として長官になることもできましょう。ですが……これからの竜皇国で、錬金術を広めていくにあたり、師匠がその顔となることで、私たちの夢にも近付けると思ったのです」

夢……俺たちの、夢。

混ざりものの妃ではあるが、錬金術と言う分野で活躍することで、混ざりものへの偏見が和らぐだろうか。ここにいる俺に師事してくれる半竜人の子らも、俺が先頭に立って育てることで、偏見の目から守ってやれる、錬金術師として育ててやれる。

宰相であり、確固たる地位を築いているアルダが長官となることもできるが……アルダがリファを引き取り、リファの同胞たちを保護しようとも、まだ道半ば。アルダも俺がやるべきだと思ったから、リューイの決断を推したのだろう。


「……分かった」

リューイが既に、俺たちの夢を叶えるために用意してくれた場である。


「俺も最善を尽くそう」

同じ混ざりものたちや、混ざりものでも、仲間として受け入れてくれるものたちのために。



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