第16話 竜皇妃の舞
踊り子の衣装に身を包むなど、いつぶりだろうか。日課では単に動きやすい服を着ていただけだからな。
「とても美しい装いですね」
着替えを手伝ってくれるリファが興味深そうに踊り子の衣装を見やる。
「昔のだよ」
ただ捨てることもできず、マジックボックスに眠っていたいたものだ。
それなのに定期的に錬成で仕立て直すのだから、今考えれば未練たらたら。
けれどこうして着てみれば、あの時からずっと止まっていた踊り子の俺の時間が、再び針を動かし始めたような不思議な感覚だ。
「クロム……!終わったか」
着替え終わったら一番に見たいと言うリューイのために、リューイを着替え部屋に入れてやれば、瞬時に目を輝かせる。
「クロムの踊り子装束を見たのは、初めてです」
朝の日課はいつも見学してきたが……思えばそうかもしれないな。
「やれやれ、伝統の舞装束もあると言うのに……お前は」
続いて呆れて入ってきたのはアルダである。
「ちょ……っ、アルダ!?まだ早い!私はまだ充分にクロムを堪能していない!」
そして瞬時にリューイが悲鳴を上げる。いや……堪能ってお前な。
考えるに、一番は自分だと主張するリューイのために、アルダは二番手で待っていたに違いない。
「打ち合わせがあるのだ。問題なかろう?それにリファだって見ているではないか」
この親バカ親父、まさかリファの顔を見たくてリューイの堪能タイムなど意に介さず入って来たのでは。その理由が本当になりそうなのが……逆に恐い。
「うぐ……受け男子同士なのですから……そこは……もごもご」
うん、そこまで嫉妬したらさすがに竜皇の沽券に関わると思うしな。
「それで、クロムは」
しかし普段は優秀な男だ。すぐに仕事モードに戻って御披露目の席の最終確認資料を渡してくる。
「本当にその装束でいいのか?」
資料をぺらぺらとめくる俺にアルダが問うてくる。
内容をあらかた確認すれば顔を上げ、構わないと頷く。
「元より俺は人間には慣れなかった混ざりもの。その伝統装束は番に選ばれた人間のための衣装だろう?」
それを着ずに、舞わずに番になった先例があるのなら、それもまた必須ではないのだろう。
「そもそもだな。竜人どもは求愛の舞の由来も忘れちまったのか」
「ここにいるとそう感じることも多いな」
アルダが嘲笑ぎみに告げる。
「どういう……ことなのです?」
リューイが首を傾げる。
「お前も竜皇だ。だから覚えておきな。竜皇への求愛と言うのは、番の元に降り立った竜皇の求愛に、しがない街娘だった初代竜皇の番が街娘の装束で舞い返したのが始まりだ」
ただの街娘。知っていた踊りなど、街の庶民の祭り踊りくらいであっただろう。
それが巡りめぐってどんどん盛大な舞となり、祭剣を捧げると言うイベントまで加えられた。
だから本当はこの祭剣も後に作られたアイテムなのだが……しかし。
込める想いの形として代々語り継がれるものだから。
過度な装飾は必要ない。
いにしえの竜の言葉で、つたない求愛の文言が彫られている。
そして番の踊り子装だってそうだ。
俺がリューイに舞うためのものであればいい。
「俺はリューイがいいと言ってくれるのならいい」
「もちろんです。それが私の愛するクロムなのですから」
リューイの優しさに、俺はずいぶんと救われているのかもな。
「さて、そろそろだ」
アルダが頃合いを見て声をかければ、リューイがアルダと共に、先に御披露目の場へと向かう。
俺はリューイが入場した後、舞い姿を見せることになる。
「参りましょう」
リファと共に、俺も舞いの舞台へ向かおうとすれば、俺たちを遮る影にピタリと足を止める。
「お前は……」
「覚えておいでですか」
その赤髪の竜人武官は、俺をキッと睨み付ける。
「んーと……アルダんとこのガキ」
「クロムさまったら……っ」
リファがあたふたとするのは……ちょっとかわいいから見ていたいが。
まずは目の前の青年についてだ。
「もうガキではありません。アルダの次男のスオウです」
「そういやそんな名だったな」
「そろそろ覚えてください」
「俺から1本とれたらな」
そう言うとスオウは苦々しい顔をする。
「……で?今日は手合わせなんてしてやらんが、何のようだ」
「……その、自分は竜皇付きの近衛ですので。その、入場までは私が付き添います」
まぁ、人選としては妥当だが。
「あと、それ以前に……その」
「何だよ、俺もう入場しないと」
「その……リファはうちのかわいい弟ですから、覚えておいてくださいね!」
「あ゛?」
「兄さまっ!」
リファのかわいい『兄さまっ!』 がなかったらこの場で頭ひっぱたいてんぞ。
全くアルダのところは……。
「ほら、行くぞ。ちゃんと供をしねぇと、アルダに言い付ける」
「ある意味最強の妃が来た」
よく分かってんじゃねぇか、スオウ。そしてスオウは泣く泣く静かに俺たちについてきた。泣く泣くって……失礼な。
しかし入場の門をくぐれば、番の御披露目に集まった竜人たちがどよめくのが分かる。
伝統衣装ではないからか、エルフ耳だからか、人間には見えないからか。
俺はずっとこれを恐れてきたのだな……。だが……今は周囲のどよめきなどどうだっていい。
俺はただ、リューイを見て、リューイのために舞を捧げるのだ。
しっかりとした足取りで竜皇の前まで辿り着けば、舞のために開かれたそのホールにて、そっとステップを踏み始める。
祭剣を掲げ、想いを乗せて風を切り、そしてリューイに捧げるのは、竜への求愛返し。
お前の求愛を受けると言う証である。
リューイに祭剣を突き付ければ、リューイは驚いたような表情を見せる。
だが、これが俺だ。静かに剣を捧げるなんて、俺には似合わない。俺に求愛を捧げ、返しを受け取ると言うのなら、これを受け取れ。
そうするとリューイが席から立ち上がり、その突きだされた祭剣をしっかりと握る。
「ありがとう、我が番。そなたはとても美しかった」
そしてその祭剣を受け取ったリューイは、静かに俺に手を差し出す。
そして2人で膝を着いたのは、祭壇の前だ。
竜皇はここで誓いを捧げることで竜皇となる。
俺はリューイとここで誓いを捧げることで、番として認められる。
そして祭壇は、俺たちを弾くこともなく受け入れた。つまり俺は……番として認められたのだ。
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