第13話 竜皇国
――――竜皇国。
世界で最強の種族が治める国。他種族の庶民にとっては神秘の国。憧れの国。
ただエルフの国で宰相の地位にある兄貴曰く、いけすかない国。
それは恐らく、宰相としてと言うよりも、俺の兄貴としての感情が強いのだろう。
その兄貴が、混ざりものを忌み嫌う竜人を好きになるはずがない。
まぁ、アルダは……兄貴には弱いが、兄貴としては竜人の中では唯一、認めているんじゃないかな……。
そんな兄貴が、俺が竜皇の番に選ばれたと知ったら何と言うだろうか……。
まずは……アルダを呼びつけて説教なんてこともあり得るかもしれないな……。
「クロム、こちらへ」
地上へと降り立ったリューイが、俺を手招きする。
リューイに続けば、目の前に夜でも分かる荘厳な城が聳えている。
そしてその門番たちがリューイの姿に気が付き、駆け寄ろうとして、俺の姿を見て固まった。
「竜皇陛下、そちらのエルフは……」
「待て、エルフならばあんなに髪の色が暗いはずはない」
またか……不審者を警戒する城の門番ならば仕方がないのかもしれないが、それが門番に限ったことでもないから……慣れている。
「彼は私の番だ」
リューイは迷わずにそう答えれば、門番たちが怪訝な表情を浮かべる。
「竜皇の番は代々人間のはずです。それはエルフです」
「俺はエルフじゃない」
「そうだな。だが、クロムはエルフの血も、人間の血も引く。お前たちの言う人間も、クロムも、人間の血が入っているのだから、竜皇の番の条件は満たすだろう」
「そんなバカな……っ」
門番たちは、神のように崇める竜皇の言葉に、初めて疑問を抱くように驚愕する。
竜皇に疑問を持つのも、リューイが今までの竜皇と違い、人間の母親から受け継いだ目を持つからか。
「先皇陛下だったら、こんなことは……っ」
「だが先皇陛下もまた、あのような出来損ないの番を迎えた」
そんなことを竜皇の前で言うとは。やはり竜皇の威信もまた、崩れている。
――――いや、竜皇は神ではなく、人間の色を帯びて、ひとの王となろうとしているのか。
「口を慎め。引退したとはいえ、竜皇を貶す言葉を吐けば、打ち首だ。お前たちはそれすらも忘れたのか」
しかしリューイのひときわ低い声に、門番たちがサアァッと顔を青ざめさせる。
たるみ過ぎているな……。
リューイの瞳が黒いからと言って、それだけでリューイの前で先皇を貶すとは。
竜人の崇める竜皇とは、世界の頂点に立つ竜皇と言うのは……本当に姿だけ。その中に人間の血が流れていることなど、見てみぬ振りをして。
「聞かなかったことにする」
リューイ……お前もまた、慈悲を授けるのか。自らの目の色のせいでたるんでしまった彼らのために。
「クロム、こちらへ」
「あぁ」
門番たちはただただ青い顔をしている。先皇であれば決してかけなかった情けの前に、ただ立ちすくすだけだ。
「それでも私は……この国が好きなんですよ」
そう呟いたリューイの目は、今はもうない記憶を思い起こしているようだった。
そして竜皇の帰還に、深夜だと言うのに竜人たちが総出で出迎える。しかしリューイが連れて帰った俺の姿に、みな怪訝な表情を浮かべる。
「竜皇陛下。そのエルフもどきは何ですか」
エルフもどき……エルフもどきね。ある意味深意をついている。
確かにエルフの耳を持っていても、俺はエルフにはなれない。
「私の番のクロムだ。私はクロムを妃に迎える」
そう告げれば、再び辺りがざわつく。
「エルフとの混ざりものなど、竜皇の番には相応しくございません!」
声をあげたのは、女の竜人だ。
竜皇相手に声をあげてもみなが止めないのは、それだけの地位にいるものか。
「……竜皇城の女官長だ」
「世も末だな」
そうボソリと返せば、リューイが微妙そうな表情をする。
長命種は長命だからこそ、長らく築いた地位にこだわるものや、飽いて離れるものもいる。
兄貴はとっくに飽きているが、両親やリリィたちのためにまだその地位にいるが。
しかし、国のために、王家のためにその地位にあるならともかく、竜皇にとって一番必要な番すら否定するのか。
リューイの母ちゃんは、この女官長によって、どんな目に遭わされていたのやら。
「竜皇の番は代々人間が選ばれるもの。けれどそのものは明らかにエルフのほかに何かが混ざった混ざりものよ!」
「人間だが」
俺がそう返せば、女官長がぐっと言葉を詰まらす。まるで俺が言い返すことなど想像もしていなかったようだ。
この女官長は、混ざりものが言い返すとは思っていなかったのか。それとも竜皇の番にはそのような態度をとるのが通例であったのか。
「混ざりもので何が悪い。お前たちが崇める竜皇とて、混ざりものだ」
そう告げれば、女官長がニィと口角を吊り上げる。
「今こやつは竜皇陛下を侮辱したわ……!やはりこやつは偽物の番!竜皇陛下の目を覚まさせるために、今すぐ首を落とすのよ……!」
しかしその女官長のヒステリーに応えるものはいない。確かに俺の言葉は、竜皇を完璧な竜人であると崇めるやからにとっては侮辱かもしれない。
だが、俺が万が一本物のリューイの番だとすれば、この女は竜皇の何よりも大切な番を殺せと告げたのだ。
竜皇から番を奪うことは禁忌である。まだ番っていない俺ならば、殺そうとすれば殺せると見なしたか。
結界の力を持つ俺に、指ひとつ触れられぬことなど、知りもせず。
「首を落とされるのはお前の方だ」
リューイの怒気をはらんだ声に、女官長がびくんと身をこわばらせる。
「バカばかりだな」
そう吐き捨てれば、戦々恐々とするその場に似合わぬ苦笑が漏れる。
「そうしていれば、師匠を思い出す」
懐かしい修行時代を思い出しながら、兄弟子が俺たちの前に現れる。
その登場は彼らの救いであっただろうか。しかし、その望みはすぐに打ち砕かれる。
「まさかお前を連れてくるとは思わなかった、クロム」
「さぁ。すぐに出ていくかもしれないんだから、期待するな」
「そんな、クロム!?」
俺とアルダの会話に、リューイが悲壮感に満ちた表情を向けてくる。
「ただのジョークだ。本気にすんなよ」
「ははははっ」
そしてそれを見て爆笑するこの兄弟子は……本当に性格が悪い。
和やかな兄弟子との再会であったが、幻想の中の竜皇を追いかける周りは、アルダまでもこちら側であることに、まだ納得がいかないようだった。
その代表格はやはりあの女官長であった。
「何故誇り高き竜人の宰相閣下がこんな混ざりものを庇うのですか!?まさかこの混ざりものにあなたまで洗脳を……っ」
さきほどまで脅えていたと言うのに。アルダが来たから何だと言うのか。アルダがお前の味方になることなどないと言うのに。
「洗脳……?そんなものは知らんな。俺は単に、恩師の息子であり、弟弟子でもあるクロムを我が主の番として歓迎するだけだ。それが俺の竜人としての誇りだ」
女官長の言葉を一掃したアルダに、その場は敗北と言ったばかりに歯向かう気を失ったようだ。
「さて……それと。お前は首を落とされるのではなかったか?いつまでそこにいる」
アルダが冷たく告げれば、女官長は再び青い顔となる。
「け……けれど……わたくしは長年竜皇家に仕えて……」
「だから……?竜皇の番を人間だからと貶めるものなど要らぬ」
「そんな、私はただ、竜皇陛下がこの混ざりものに騙されてやいないかと……」
「俺じゃねぇよ」
その呟きに、女官長が固まる。
そしてへなへなと膝をついた女官長を拘束したのは、竜人の武官である。
「は、放しなさい……!わ、わたくしは……!」
「不愉快だ、連れていけ」
リューイが冷たく告げれば、未だ抵抗するように声をあらげる女官長が武官たちに引きずられて連れていかれた。
「安心してくれ。もう二度とクロムの前には出さない」
俺なら平気だが……それは多分、リューイのためでもあるはずだ。
先代ができなかったことをリューイがしたのも……また。
恐らくアルダもその準備ができたからこそ、リューイを自由にさせたのだ。
「女官長がいなくなってしまったし……そうさな。新たな番は受け男子なのだから、同じ受け男子の方が気心が知れるのも早かろう。後任は俺が用意しておこう」
「ふぅん、ご自由に」
俺は別に、従者などいなくてもいいのだが……竜人には竜人のメンツと言うものがある。
迷惑なメンツを押し付けられるのは嫌だが、しかしそれは嫌と言うわけではない。
むしろ兄弟子が珍しくサービスをしているのだから、受け取るのも弟弟子の務めだろう?
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