第3話 錬金術師と踊り子


――――朝陽が昇る。師匠が美しいと銘打ったその時間の静寂だけは、特別なものだ。


仮初めの弟子を迎えたとはいえ、長い生の中ですっかり日課となっているステップを踏み、朝陽に照らされながら風を纏う。


静寂の中でふと覚えた自分以外の気配にそっと風に靡かせた腕をおろして振り返る。


「起きてたのか」

そこにいたのはリューイである。


昨晩は添い寝が功を奏したのだが……昨晩はぐっすりと眠っていたから、まさかこんな早起きだとは思わなかった。

しかし、よく俺がここにいると分かったな。


「あの、師匠、今のは……」


「ただの舞だ。毎日工房に籠ってばかりじゃ身体に悪いからな。さて、起きたなら腹減ったろ?朝飯だ。今日からは炊事や家のことも手伝いな」

どんなにやんごとなき立場のものであれ、弟子として置いておくのならば、覚えてもらわないと困る。

何せ家事も今日から2人分なのだ。


「は、はい!師匠!」

手招きすれば、リューイは元気についてきた。

子どもらしい嬉しそうな反応も……ちゃんとできんじゃん。

何だかどこかホッとしたような気にさせられる。


朝食と言っても簡素なものだ。俺はコーヒーとパンがあれば充分だが、子どもはそう言うわけにもいくまい。


「テーブル拭いて、待ってて」

「は、はい、師匠!」

朝起きて畑で収穫した野菜や干し肉を幾つかつまみ、調味料と共に錬成鍋に突っ込む。

料理をしていた時期もあるが、最近はこちらの方が早いし楽だ。材料の配分をミスると致命的だがな。


錬成鍋をかき混ぜれば、やがて光を放ち、生成物……いや、おかずが姿を現す。


「ほら、お前はこれも食いな」

有り合わせだが、野菜と肉の炒め物。錬金術で作ったから炒めてないけど。


「師匠は食べないのですか?」

「俺は子どもほど入らねぇの。朝は軽く済ませたいんだ。でもお前はちゃんと食べな。好き嫌いすると大人になれねぇぞ」

「そ、それは……イヤです……!」

早く大人になりてぇの……?野心……と言うわけではなさそうだが。まぁ、案外子どもらしい悩みなのかもしれないし。

リューイは素直に野菜炒めを口にし出す。


「師匠、あの……昨日の干し肉も、さっきの光も……錬金術ですよね」

「そうだ」

「あの、ぼくも錬金術をならっちゃダメですか?」

「……お前が、錬金術……?」

本来なら、そんな身分でもない……いや、俺はそんな身分のお坊ちゃんに家事をやらせようとしているがな。


「だって、ぼくは師匠の弟子でしょう?だから錬金術のことを知らないといけません!」

「……それも、そうか」

弟子とは名ばかりだが、錬金術の基礎くらいは知っていないと、俺の客たちはすぐに勘繰るだろう。

何たって、生きてきた年月だけは、べらぼうに長いのだ。

ずっと弟子を取らなかった俺が弟子を迎えたことがまず、前代未聞なのだから。


朝食後は錬金術工房に移動した。

そこには集めて置いた昔の服やら靴やら。


「あの……師匠、これで錬成するんですか?」

「そうだよ。残念ながらうちには子ども用がない」

青年期に入って100年以上立つ。今さら取っておいてあるはずがない。なら、用意するしかないだろう。


「錬金術があれば、リサイクルもお手の物だ」

つまりこれらの服や靴に材料を加えて作り直すのだ。そうすれば、物も服も毎年買わなくて済むだろう?

長命種にとっては便利なことこの上ない。その利便性重視で錬金術を習った筆頭が俺の兄弟子なのだが。


「まずはここらの服を適当に錬成釜に突っ込む」

本当は吟味するもんだが、かれこれ錬金術師歴200年に及ぼうとしていれば、それは料理の調味料のように『だいたい』でコツが掴めてくる。


「あとは素材だな。鉱石とか、薬草、あとは魔物の鱗や角なんかも、素材になるものがある。今回は事前に錬成しておいた玉を使うか」

「その玉は何なのですか?」


「これは服を作り直すのに必要な強化素材や繊維素材が合成されているんだ。ぶっちゃけ、これを作って置いたほうがいちいち材料を揃えなくて済んで助かる」

料理錬成とは違って素材が少し多いくらいなら余るかその他の強化に回されるから。


そうして錬成釜をかき混ぜれば、光が発せられ、やがて小さめの子どもの服が錬成された。


「これが錬金術。錬金……とは言うが、金属以外のものもたくさん作れる」

「すごいです!ほかには何が作れますか?」

「そうだな、お前の靴とかカバンとか」

続けてそれらをこしらえてやる。


「ほかは……注文品や、町に卸すものもある。ここら辺は商品だから、あまり動かさないでくれ」

「わ、分かりました!」

リューイはうっかりと崩さないように慎重に見て回る。そしてとある一点で足を止める。


「……どうした?」

「師匠、このきれいなのも商品なんですか?」

それは……。


「商品じゃない。ここら辺は俺の個人的な私物だ。祭剣や、舞の時の装束や、飾りだな」

もうこれらを身に付けて、人前で舞うことなどできないだろうが。


「昔は踊り子を目指していたから……」

「今は、目指していないのですか?朝の舞はとってもきれいでした!」


「…エルフでも人間でもない身でこの髪と耳を晒せば、途端に嘲笑を受ける。嘲笑ならまだいい方だ。踊った給金も持たされず追い出されることだってある」

だから俺は……踊り子になる夢を、諦めた。


「師匠は……とってもとっても、きれいなのに」

リューイがしゅんと俯く。


「じゃ……じゃぁ、師匠、ぼくも舞を習いたいです!師匠のために、ぼくも嗤われます!」

「……っ、バカ言え。俺の舞は、お前が習うもんじゃない」

弟子に必要なあれこれは世を騙す目眩ましになるが、こんな民草の舞を、嗤われるために覚えさせたら、今度こそアルダに激怒される。


「お前がこれを踊りたいと思わせてしまったのなら……もう舞は踊らない」

「師匠……!嫌です……!師匠が舞を踊らなくなるなんて!だって師匠……踊ってる時、とっても楽しそうなんだもの!」

楽しそう……?何百年と言う時の中、呼吸をするように自然なこととなってしまったのに。

それが……楽しそう……。俺は楽しそうに舞っていたのか。


「もう、二度とぼくも踊りたいだなんて言わない……!だから、踊るのをやめないでください!」

「……分かった」

何故かその懇願を許してしまうのは……まさか、情が芽生え始めたのか。

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