第2話 師匠と仮初めの弟子
リューイを隠れ家の椅子に座らせれば、保存食をごそごそと掻き分ける。
「悪いな。急だったから、有り合わせのもんしかないし、贅沢なもんなんて、だせなくて」
「い……いいえ……!お世話になるので、いいこにしてます……っ」
いや、いいこ過ぎない?いつも突然やって来て、ただ飯食ってくだけの兄弟子に見せてやりたいくらいだ。
「あの……お手伝いは」
「まだ勝手が分かんないだろ?水で戻せる?」
乾物を見せてやれば。
「みず……もどす……?それは、木の板ですか?」
やっぱりお坊っちゃま……いや、それも無理はないかもな。
「……」
だが……期間限定ではあろうが、ここで暮らして行くのなら、覚えた方がいいか。
「来な」
手招きをすれば、どこか嬉しそうにとたとたと駆け寄って来る。……ひと見知りは……しない方なのか……?それはそれで、警戒心はもう少し持つべきだとも思うが。
森で暮らせば、自然と獣や魔物の気配に触れる。
成人するまでのわずかな時間とは言え、そう言った感性も少しは育つだろう。
焦らなくてもいい。俺にとっても、竜の子にとっても、子ども時代など一瞬のことで、長く生きればあっという間に忘れてしまう。
「……どこに、あったか」
俺は森に来てずっと青年期で、ほとんど使った試しがない。確かいくつか依頼を受けて釜で生成した残りが残っていたはずだ。
「あ……これだ」
そしてすっかり荷置き台になっていた踏み台を見付けてひっぱりだし、軽く埃をほろえば、リューイに出してやる。
リューイが恐る恐る踏み台に上がれば、ギリギリ作業台から顔がひょっこり出る。そしてこれから何をやるのか……興味深そうに眺めてくる。
早速干し肉を水を入れた錬金鍋の中に浸ける。普通の干し肉ならそのまま食べるかもしれないが、錬金鍋があるなら、この方が柔らかく、そして旨くなる。竜の子であるリューイにも食べやすいだろう。
そしてその間に余っているレタスを冷蔵貯蔵庫から取り出す。
後はパンと、それから……。
「これだ」
「これは……くりーむですか?」
庶民の間で長く親しまれているものだが、竜皇国ではなかなかお目にかかる機会がないのか、驚いているな。
「いや、マヨネーズだ」
これは庶民だとかは関係なく、アルダが竜皇国にはないと言っていた。だからここにくると、あの兄弟子はいつも土産に持って帰る。
……レシビをやるから自分で作れと言っても、忙しくて暇がないとかなんだとか。
錬金術がなくても作れるが、何分時間がかかる。錬金術だと一瞬なのに、あの兄弟子め……。
「ケチャップもあるが、そっちはまた今度な」
「け……きちゃ……?」
竜人の上流階級……いや、竜人全体的に、調味料で損してないか!?
まぁ、お出汁なんかはあるらしいが、マヨネーズやケチャップ、マスタードなどは邪道とされているから、もったいない。
アルダは気にせず使うもんで、変人宰相だの何だの言われているらしいが。
――――だが、いくらお坊ちゃんでも……ここで暮らすならその邪道も食べてもらわねば、食うもんもなくなってしまう。
幸いリューイ自身は、どんなものが出きるのか、わくわくしているから問題ないか。
錬金鍋から光が漏れて、干し肉が柔らかく戻ったことを報せてくる。
そしてパンを用意して、マヨネーズを塗り、戻した干し肉をレタスで包んで、パンに挟む。
「食べ盛りで悪いが、今日の夕食だ」
サンドイッチを2つ作り、皿に盛り、テーブルに移動すれば、ひとつをリューイに差し出す。
明日の朝は朝イチで収穫して、肉と野菜の炒めものでも追加しよう。
少し申し訳なく思いつつも、リューイを見やれば。初めて見たのか、サンドイッチを興味深そうに見ている。
「あの……どうやって食べるのですか?」
ドテッ。そこからかよ。
しかし……悪くはない。
「こうやって食べるんだ」
口の中にサンドイッチをはむりと放り込んでがっつけば、リューイも意を決したようにサンドイッチを口に放り込む。
しかし口は小さいから、もひもひと、必死に食べている。
「んんっ」
「味はどうだ?ちゃんと水も飲めよ」
水差しから水を注ぎ、コップをリューイに差し出せば、こまめに水を飲みつつも、俺に満面の笑みを向けてくれる。
「おいひいれすっ!」
「そうか。そりゃぁ良かったが……もう少し落ち着いて食え。サンドイッチは逃げねぇよ」
そう言って、俺がゆっくりとサンドイッチを咀嚼していれば、リューイも和やかな笑みを浮かべながら、もぐもぐと食べていた。
※※※
「夜は……そうだな。客人用のベッドがあるから、ここで寝な」
夕飯後は歯を磨き、子どもにはだいぶでかいが寝巻き代わりに俺のチュニックを貸してやれば、まんざらでもないようにリューイは喜んでいた。
そして案内した客人用の寝所を、リューイは興味深そうに見る。
客人が訪れることは稀だが、辺鄙な場所にある以上は、泊まる場所くらいは用意してある。
「あの、師匠は……」
「俺は隣で寝る。何かあれば来な」
「は……はい」
うん……?どうしてか、リューイはしょんぼりとする。ひょっとして寂しい……?いやいや、貴人の子ならば、子どものうちからひとりで寝るだなんて当たり前なのだから。
単純に、初めての場所だから緊張しているだけだろう。
「それじゃ、もう寝な」
「……はい」
どこか不安げなリューイに罪悪感を覚えながらも、「おやすみ」を言い合い、自室に戻る。
自室に戻ってベッドに横になって暫く経ったが……やはりちょっと気になるな。
「……様子くらい見に行くか」
ちゃんと寝られているのかどうか……。
そって私室を抜け出し、客室のドアを開けば、中から魘されているような声がする。
「……さま……かあさま……ごめんなさい……ぼくが……ぼくが、かんぺきな……竜人では……ないから……」
完璧な竜人ではない……。それが何を意味するのか……リューイの漆黒の目が、それを証明しているか……。
そしてリューイの母親と言うのは……。
そこまで考えて、ふと……脳裏をよぎる記憶がある。
もう随分と……百何十年と昔の記憶だ。
とうの昔に成人していた、年の離れた兄がしてくれたのを。
子どもの頃のことなんて、もう思い出すこともないと思っていたが。今のリューイが、昔の俺とどこか重なるところがあったのかもしれないな……。
「今日会ったばかりの俺で、いいかどうかは分からんが」
……兄弟でもないのに。
リューイのまだ軽い身体を抱き上げる。まだ鱗も硬くなっていないから、細身の俺でも抱き抱えられる。
リューイをそのまま俺のベッドに連れてきて、寝かせてやれば、リューイがそっと瞼を開ける。
「起こしてしまったか」
「し……しょ……」
眠たげながらも、手を伸ばし、俺の服の袖を摘まむ。
――――全く。そんなに縋るような目を向けられたら、突き放すことなどできない。元より……突き放す予定はないが。
俺もベッドに上がれば、リューイを抱き寄せる。
「ほら、一緒に寝てやるから」
そう言って頭をぽふぽふと撫でてやれば、暫くすると、穏やかな寝息が聴こえてくる。
ふぅ……魘されてはいないようだな。
そして俺もいつしか意識を夢の中へと手放していた。
遠い昔の記憶を思い出したからか、それとも違う理由なのか……よく分からないが、俺もまた、久々にぐっすりと寝入ってしまったのも、事実だ。
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