第4話 竜の鱗を隠すなら
――――とりとめのない日常にリューイと言う弟子が加わって、早数週間。
「毎日こんなに働かなくとも……お前はそう言う身分でもなかろう」
弟子として必要最低限のことは教えるつもりだが、それでも本格的に師匠の身の回りの世話まで任せようとは思っていなかった。
本来あるべき場所に帰れば、それは必要のないことだ。
「でも、ぼくはここでは師匠の弟子ですから!ちゃんと弟子をしないと、変に思われます!」
「確かにな……」
それは俺が最初に言ったことだ。
今さら否とは言えまい。
「やれやれ……アイツにこのことがバレたら……小言を食らいそうだ」
昼過ぎは、錬成の稽古だ。
いくら仮初めの弟子とは言え……食いぶちが増えた以上、少しは手伝ってもらわねば、俺も繁忙期は大変だし。
「釜は使う前と使った後、ちゃんと磨くんだ。じゃなきゃ大事に扱われないと、釜の精が怒っちまう」
そう言ってリューイに布巾を差し出せば、早速とばかりにリューイも釜を拭き始める。
「ピカピカです」
「なら!早速やっていくぞ」
「はい!」
気合いは充分、それではいざ……と言いたいところだったのだが。
「……あ、失敗してしまいました」
本日のリューイの錬成は失敗であった。材料を調合して、釜の中に収まっていたのは、何だかよく分からない、黒い物体である。
「材料の配分は合っていたんだ。しかし錬成釜もひとの手で作ったものだし、年代物も多いからな。時には誤作動も起こす。だが誤作動を起こしたのなら、その原因を究明して、次はもっと良いものを作る。それも錬金術の大切な教えだ」
次はもっと良いものを。そうしてリサイクル品だって、不良品だって、日の目を見ない素材だって、より良いものに進化してきたのだ。
「師匠……」
「ほら、ボサッとしない。まずは錬成釜の点検だ。覚えれば覚えるほど、できることは増えるんだ。例えば、錬成釜の掃除なんてのもな」
それは錬成釜のことを知っていなければなかなかできないことだ。
変なスイッチを触って誤作動なんてことになったら今度こそ、今回の二の舞である。
「分かり、ました!」
気合いを入れたらしいリューイは、俺の錬成釜の説明を熱心に聞いていた。
「あの、師匠、この窪みは……」
そしてリューイが示した場所には確かに……。
「あぁ……ここの部品か」
何かを錬成した時に、欠けてしまったか。
「ここには鉱石を嵌めるんだ」
予備の素材を漁り、取り出した鉱石を手動で削れば、すこんと錬成釜に嵌め込む。
「よし、誤作動の原因は恐らく、部品の欠けが原因だ。今度こそ、成功させるぞ」
「はい!師匠!」
そうしてもう一度、錬成釜を動かし、素材をつぎ込み素早く滑らかにかき混ぜれば。
「できました!」
できたのはこぶりなポシェットである。
「錬金術に必要な素材やら、小物を持ち歩くには便利だ。古くなればまた釜でリサイクルすりゃぁ使える。大事にしな」
「はい!師匠!」
こうして、リューイはコツコツと、錬金術を覚えていった。
――――そんなある日、事件は起きたのだ。
「リューイ……それは……」
「師匠!師匠が錬成した祭具を参考に、作ってみたのです!」
リューイが見せてきたのは、黄金に輝く祭具であった。
「お前、何を混ぜた!」
おかしい。リューイに練習用に使っていいと指示した素材には、こんな金色に輝くもんが作れるものはなかったはずだ。
「あの……今朝、ベッドの上を見たら……抜け落ちていたんです。ぼくの、鱗」
は……?リューイの……竜人の、鱗……?しかもただの竜人の鱗じゃない。リューイの鱗は……っ。
「そんなこと、もう二度とするな!」
「……えっ」
「自分の身体を素材にするってことがどういうことだか分かっているのか!」
「その……でも、竜人の抜け落ちた鱗は……素材になると本で読んだことが……」
本……本か。アルダは錬金術師だが、かつての惨事を知っているから、リューイに鱗が素材になるとは言わなかったのだろうな。
「だからって……お前の鱗は……軽々しく素材にしていいもんじゃない。自分の身体の一部を素材にすれば、それと同じ性能を求めた悪人がお前を襲う。もしかしたら同じ竜人も襲うかもしれない。お前はそれを試すことの危険性を何も分かっていない」
「え……っ」
リューイはカランとその祭具を落っことした。それでもなお、傷ひとつつかないのは竜皇の血故か。
「でもぼくは……」
「リューイ……」
子どもには少し難しい話だったか。しかし、自分の身体の一部を素材にするなんてことは……まだ何も分かっていない子どもがすることじゃない。たたえリューイがどのような血筋でもだ。
「この金鱗は、大切なひとを守るために使いたいのです。無理矢理素材にするのではなく……大切な番を守るために、ぼくは……」
「だとしても、お前の鱗じゃ、希少価値がありすぎて、逆に狙われる」
「木を隠すなら森の中と言います。だからこの鱗も、似た素材の中に、上手く隠して錬成できないでしょうか!」
「……確かに、それは一理ある」
コイツの抜け落ちた金色の鱗をどうするかも……課題だな。変な処分の仕方をすればアルダにどやされる。そもそも処分していいものなのだろうか。……処分の仕方なら、昔散々やったがな。
「分かった。やってみよう」
「はい!師匠!」
「だが……これは」
目立ちすぎる。
金ぴかの祭具を拾い上げてため息をつく。
「これは俺のマジックボックスに入れておく」
溶かしてリサイクルすると言う手もあったはずなのに、どうして俺はそうしたのかね……。
何故かリューイの言った『番』と言う言葉がちらついた。
「師匠、マジックボックスを持っているんですか?すごいです!」
「まぁ、一通りそう言うのはな」
普通は空間魔法をマスターして手にする魔法システムだが、俺は結界を張る能力のお陰で、空間魔法はお手のものだからな。
「お前も、空間魔法を覚えてみるか」
魔法は一通り使えそうだし……。ポシェットに素材は入れて歩けるが、たくさんの素材を運ぶ時なんかは、マジックボックスがあった方が便利なのだ。覚えておくに越したことはない。
「はい!頑張って覚えます!」
気合い充分のリューイの頭をわしゃわしゃと撫でれば、頬を赤らめ嬉しそうに見つめてきた。
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