第5話 真面目に(NG:作中の時間を飛ばす)

「そういえば田畑君。部活動、真面目にする気ある?」


 部長のたたらは大きめの眼鏡をクイッとさせながら、田畑を睨み付けた。

 田畑は何故か自信満々に「当然っすよ!!」と大仰に胸を叩いて、見事にむせた。


「あ、当たり前じゃないっすか。文芸部員として当然の責務だと思ってます!!」


 堂々としている割に少しつっかえたのを、鑪は見逃さなかった。


「ま、いいわ……。実はね、田畑君。私気付いちゃったの。部活に来ても私のことをジロジロ見ているだけで活動なんか何もしてないんじゃないかって。気のせいでないのだとしたら、君のやる気を見せてくれる……?」

「見せます見せます!! やる気見せます!!」


 机に両手を付き、グンッと思いっ切り前のめりになって、田畑は鑪に顔を突きつけてきた。

 近すぎる。

 慌てた鑪は田畑を視界の外に押しやろうと、咄嗟に両手で自分の顔を塞いだ。が、それでも広げた指の間からうざったい田畑の興奮気味な顔が見え隠れした。


「はいはい、分かった。分かったから田畑君、座って」


 分かったと言われて満足したのか、田畑は大人しく鑪の前の席によいしょと座り直した。それからわざとらしく姿勢を正し、鑪にニッと口角を上げて見せた。


「田畑君が創作活動に何の興味も持っていないことは重々承知の上で言うんだけどね、文章書くのは好き?」

「板書と書き取りの練習を延々とするのは好きです。途中でゲシュタルト崩壊します」

「文字を書くのが苦ではないだけでも上出来よ、田畑君」

「ありがとうございます!!」


「……褒めたつもりはないんだけど。いいわ。そしたら今日の部活は、今から三十分で文章を書いて私に見せること。お題は……そうね。君が一番好きなものについて、でどう?」


 どう、と聞かれて、田畑は時間が止まったような顔をした。

 何度か瞬きして、けれど身体と表情は一切動かさずに、頭の中で鑪の言葉を反芻しているような顔だ。


「好きな……もの? 好きな人じゃダメですか」


 そう来たか、と鑪は思ったが、


「良いわよ。その代わり、全力で書くこと。タイマーセットするから、鳴るまでの間に魅力的な文章を書いて見せて頂戴」


 田畑の実力とやる気を見るためだと、欲求を飲むことにした。

 鑪は部室の棚から罫線入りのメモ用紙を数枚取り出して田畑に渡した。

 田畑がリュックから筆記具を取り出してシャーペンを持ったのを確認すると、鑪はスマホをトンと机の上に置いた。


「タイマーセット。――開始!!」


 ガバッと机に覆い被さるようにして、田畑は何かを書き始めた。書いたと思ったら消しゴムで消し、また書き、頭を掻いて数字書き、また消して、また数文字書いた。

 猫背で、鉛筆の持ち方も妙だと思ったが、真剣に何かを書こうという意思だけは強く感じる。

 やる気はあるんだ、と鑪は思わず顔を綻ばせた。


 一心不乱に文字を書き連ねる田畑を傍目に、鑪は備品のノートパソコンを立ち上げた。廃部寸前の文芸部を象徴するような、古いノートパソコン。十年程前に購入したようなのだが、ネットに繋がないのを良いことにサポート切れのOSのまま。Wordを起動しファイルを開く。タイトルは《青の証明》、架空の県立高校を舞台にした青春小説である。


 高一の頃から部誌に連載している作品だった。当時は部誌も年二回発行で、先輩方もそれなりに在籍し、部活動も活発だった。三年生が抜け、二年生に引き継がれた頃から退部が相次ぎ、気が付くと毎日部室に通うのが数名だけになっている。

 鑪もネットで書きなよ、とは言われたが、ネットでもちゃんと活動しているとは言わなかった。そっちは別名義。部誌では文芸部員鑪麗華として作品を書くのだと決めていたのだ。


 カタカタとキーボードを軽快に打つ音が室内に響くと、田畑は手を止めた。


「速いっすね、打つの」

「ブラインドタッチくらい普通でしょ」

「訓練とかするんすか」

「別に。やってるうちに速くなったのよ。そういう田畑君は書けてるの? 間に合う?」


 慌てた様子で田畑はまた机に向かう。見たところ、数行で止まっている。

 消しゴムかすがたんまりあるところを見ると、だいぶ苦戦しているようだ。

 タイマーは田畑の苦悩を嘲笑うかのように、静かに時を刻んでいる。


 田畑が書き始めたのを確認すると、鑪はまた自分の執筆へと意識を戻した。内容は授業中に考えていて、それを打ち込めば良いだけなのだ。

 周囲との関係に悩み、妙な疑いをかけられた主人公がその胸中を吐露するシーン。脳内で何度も反芻させた文章を打ち込んでいく。長年付き合った主人公とも、秋の部誌掲載分でお別れになると思うと、感慨深いものがある。


 鑪の脳内には、作中の光景がまるで目の前に存在しているかのように、ありありと浮かんでいる。

 入部と共に書き始め、高校生活を共にしてきた登場人物達は、鑪の相棒でもあった。彼らの声や仕草が、鑪の頭の中から文章という形になって現れている――彼女にとって、執筆とはそういうものだった。


 指が無意識に動き、キーボードを叩いていく。

 この作品は部活動のみで完成させると誓ってから、鑪の集中力は格段に高まった。プライベートで書いている作品は家でもスマホでも書けるようにしているが、この作品は違う。部室の古いノートパソコンにしか保存していない、この空気感のみで構成されていることにこそ意義があるのだ。


 ――ふと視線を感じて、鑪は手を止めた。

 田畑が呆けた顔で鑪を見つめていたのだ。


「どうかした?」

「部長って、書いてる間、コロコロ表情変えるんすね」

「え?!」

「いや、何か、眉毛が上下したり、口元動かしたり。どうしたのかな〜って最初は思ってたんすけど、もしかして、感情移入してんのかな……とか」


 嘘でしょ、と鑪は驚いて両手で顔を隠した。耳まで真っ赤にして、額には似合わぬ汗を浮かべている。


「た、田畑君、いつから見てたの?!」

「いつからって、最初からチラチラ見てて……ガン見し始めたのはもうちょい前ですけど」

「え、ちょっ」

「慌てた顔も可愛いの、反則ですよ、部長」


 ニヤニヤする田畑から逃げるように後ろを向いて背中を丸めていると、リリリリリ……と軽快なタイマー音。


「え、早!! マジで?!」


 嘘だろとばかりに、田畑は頭を抱えて天井を仰ぎ見た。


「はいはい、時間時間。書いたの見せて」


 タイマーを止め鑪が立ち上がると、田畑は「まだっ!」と慌てて、机の上のメモ用紙を両手で隠そうとする。が、


「見せなさい」


 ギロリと鑪が睨み付けると、田畑は観念したようにそろそろと身を引き、書きかけの紙を恐る恐る鑪に引き渡した。

 文字はメモ用紙の半分も埋まっていなかった。


《俺は鑪麗華部長が好きです》


 ストレートな言葉から始まる文章と、無骨な文字。かなりの癖字で、ひらがなさえ読みにくい。


《部紹介の時、やたらときれいな三年生がいるなって話題になってて、見てみたらマジで俺の好みにドンピシャで、それからずっと鑪部長のことが好きです》


 読み進めれば読み進めるほど、普段口から出てくるのと同じ内容で、情報の真新しさは全く感じない。一応丁寧に書こうと努力はしているらしく、あちこち同じ文字を書き直している形跡があった。


「鑪の字、良く書けたわね。他の字は読むに堪えないのに」

「練習したんす」

「練習?」

「好きな人のフルネームくらい書けなくちゃと思って。お陰で何度もゲシュタルト崩壊起こしたんすけど」


 なるほどねと、鑪は薄く笑った。


《眼鏡似合いすぎてるところもいいし、ポニテもいい。あと、スレンダーでツンとしてるところとか好き》

《俺にだけ冷たいのかと思ったら、いつもそうだって聞いて、そういう人によって態度変えないところも好きだな》

《めっちゃくちゃ好きです。やばい、好き》


 途中から書くことがなくなってしまったのか飽きてしまったのか、字と字の間隔が広くなって、ついには途中で文章が止まっている。


《部長の好きなタイプ知りた》


 視線を戻すと、田畑がハラハラした様子で鑪を見つめていた。

 原稿用紙一枚にも満たない文字数だが、確かに一生懸命書いていたようだ。


「いいんじゃない?」

「……と、言うと?!」

「真面目に部活して、文章力上げたら、また同じ内容で書いてみなさい。その時はちゃんと私の心を鷲掴みするような文章を読ませなさいね」


 鑪が言うと、田畑は顔を瞬く間にキラキラさせ「あざっす!!」と頭を下げた。


「あと、タイピングも練習しなくちゃね。部誌の原稿はデータで貰ってるから」

「全然やりますよ!! 部長みたいにカタカタやれるよう、努力します!!」


 まるでピアノを弾くみたいに指を動かして見せる田畑に、鑪は「はいはい、頑張って頑張って」と静かに返したつもりだった。

 無意識に口角が上がっていたことに鑪が気付いたのは、ノートパソコンを棚に戻した時だった。外が少し薄暗くなって、ガラス窓に自分の顔が映っていた。


 一人きりの部活動とおさらばして、まだ一週間。

 入学したての頃、物書き仲間が欲しくて入った文芸部、わちゃわちゃした雰囲気と創作時間の共有が楽しくて堪らなかったことを思い出す。


「田畑君、途中まで一緒に帰ろうか」

「え、マジっすか?! 俺に惚れました?」

「いや、さっきも言ったけど、あの文章じゃ無理」

「え〜、なんで~? 真面目に書いたのに~」


 引退まであと半年。

 Webに活動拠点を完全に移した部員達とは共有出来なかった貴重な時間を取り戻すように、鑪はこの、ポンコツ部員田畑との部活動を楽しみたいと――本気で思うのだった。



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Twitterで頂いたお題を元に書きました。


時間を飛ばすのNGってことで、多分丁寧に書け、端折るなということじゃないかな〜と解釈。

数分後とかあれから何時間とか、そういうのはナシに、鑪の集中力と緊張感で時間を紡いでみましたが、どうでしょう……?


お題は随時募集します。

全て採用するとは限りませんが、良い感じのがあれば書きますね。

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以降、不定期更新となります。

ご感想もお待ちしてます☆

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