終章 白昼夢の映画館-キネマレヴリ-

 映写機がカラカラとネガフィルムを巻く。徐々に大きくなるその音は、やがて〈キネマレヴリ〉を満たし、侵食する。客のいないシアターで永遠に流れるそれには、とある男女が映っていた。

〈キネマレヴリ〉にてられて迷い込んだ少年は、それに絶句する。その男女は少年の同級生だった。

 動く絵の中の二人は幸せそうに微笑んでいて、晴天の海の砂浜を歩いている。少年にはそれが、撮られたものではなく、生きているかのように見えた。

 あまりに綺麗な世界に惹かれて、少年はスクリーンに近づく。

 その世界にいるのは二人だけではない。

 老若男女関係なく集められたエキストラは、どれも不自然な笑みを浮かべ、二人を祝福する。少年は、エキストラが担任やクラスメイトなどの町民にどことなく似ていると思った。

 しかし、違和感を覚えてももう遅い。惹かれれば最期、館長は逃がさない。

《エキストラが追加されました》

 館内アナウンスが流れるシアターには、誰もいなかった。


   ◇◇◇


 館長に許可なく〈キネマレヴリ〉に踏み入るならそれ相応の覚悟が必要となる。糸雨と霖の幸せを壊すのならそれは二人にとって非常識な人物だ。それらは作品に取り込まれ、その作品の虜となり、エキストラに追加される。

 糸雨は、霖と寄り添い合って寝転がっていた。

 もう何も危険なものはない。だってここは糸雨と霖の世界だから。

 糸雨は、霖と再会したあのとき、二度と離れることのないように祈った。それは、呪いとして形を成し、人間界に残る霊として二人の世界を作り、居座った。

 いつかは成仏するかもしれない。けれど、それはあり得ない。霖がいるのに自分から置いて行くなんて糸雨にとっては愚かな行為だ。

 安心して眠ることができるこの場所を手放すなんてことは絶対にしない。

「霖、愛しているよ」

 愛している、なんて言葉では足りないほどに、狂おしく。

 隣で穏やかな寝息を吐く霖の頬を撫でる。

 雨の降らない理想郷は陽が沈まず、常に淡い光に包まれて暖かい。

 しかし、そんな幸せを享受しているときに、糸雨は愚かな者の気配を察知した。

 二人だけの世界で、二人だけで生きていきたいのに、邪魔をする者は突然現れる。

 そんなときは、糸雨の呪いが発動する。

 誰一人として邪魔をすることなど、赦されない。

「霖、大丈夫だよ。おれが全て守るよ」

 理想を詰め込んだこの場所で。糸雨は肉付きが良くなった腕でぎこちなく抱きしめた。

《エキストラが追加されました》

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キネマレヴリ 守屋丹桂 @moriyanika

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