(2)
僕がずっと住んでいた箱柳も森の外れにあってエルフの数はうんと少なかったけど、葦原にはエルフがいない。初めて来てから今までずっと、エルフの姿を見たことは一度もなかった。
もし僕以外のエルフを葦原で見かけることがあれば、仲間を失って僕みたいなはぐれエルフになったか、ここに『呼ばれた』から……じゃないかな。チャムだけじゃなく他のエルフが消失することもあるんじゃないかなって、どこかに予感があって。出入り口を探すだけでなく、他のエルフが葦原に来ていないかをずっと確かめ続けていたんだ。だから、ほんの少しの空気の変化に気づけたんだと思う。
「あっ!」
川に近いところで、突然僕が最初に巻き込まれそうになったような激しい風が吹き上げて、吸い寄せられた葦原にくっきりと風の道が刻まれた。何かが引き込まれるように、一瞬のうちに道を通り過ぎた。
「エルフだ!」
慌てて柳の木のてっぺんまで上がり、風の道の端っこを確かめる。
「いた!」
見たことのないエルフ。てか、エルフは無数にいるから、僕は同じホームツリーにいたチャムとマザー以外は識別できない。もし前に会っていたとしても一々覚えていないし。そして、川端に立っていたのは一人だけじゃなかった。小さいエルフ以上に小さい、エルフじゃないものがエルフの足元にいた。ずんぐりした体。髭だらけの丸顔。短い手足。緩慢な動き。
「何だろ。あれ?」
これから僕が目撃する出来事は、エルフランドから出るのに必要な何かを教えてくれるかもしれない。僕は固唾を飲んで成り行きを見守った。
『呼ばれた』エルフはぼーっとしていた。仲間から引き離された恐れや不安みたいなものが全く表情に出ていない。そして、一人だ。僕とチャムのケースと同じなら、残された方が消えた片割れを探しに葦原に出てくるかも。
「うーん……」
でも。理由はわからないけど、なんかチャムが消えた時とは違う気がしたんだ。
小さなずんぐりむっくりは、僕には気づいていない。ぼーっと立っているエルフの周りをぐるっと一周してから、屈んで地面をとんと叩いた。次の瞬間。
立っていたエルフは、もういなくなっていた。
「も、もしかして、あれが出入り口? ちっさ!」
どんなに探しても見つからないはずだよー。他にも気になることはいっぱいあったけど、あのずんぐりむっくりがいなくなってしまうと出入り口は絶対に見つからないだろう。ごちゃごちゃ余計なことを考えている暇はなかった。僕は、ずんぐりむっくりがいるところまで全力で翔んだ。
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