(3)

 目の前に立ちふさがっていたのはとんでもなく巨大な水柱だった。川底から噴出しているんじゃない。向こう岸に近づくほどどんどん強くなる風が、水を巻き込んで垂直に吹き上げてたんだ。

 川そのものは水の流れる音がしないのに、膜みたいに見えるところでは風と水がぶつかり合い、せめぎ合い、混じり合う音が地響きのように辺りを揺るがしていた。


「だめだあ」


 がっかりしてしまう。これじゃあ、膜の向こうには行けそうにない。膜の向こう側がもやっと見えてるってことは、水の壁自体はそれほど厚くないんだろう。だけど僕は、単なる吹き上げの風にすら逆らえないんだ。強い風を突っ切って翔ぶことはできない。その上羽を濡らす水まで加わっていたんじゃどうしようもない。


「うーん」


 柳の枝に腰を下ろし、恨めしげに壁を睨みつける。エルフランドの周囲を川がぐるりと取り囲んでいるってことは……。ここは予想以上に狭いだけじゃなく、壁で囲まれ、閉ざされているんだろう。僕らは地面に潜れないし、上空は空いてるけど風の壁で囲まれていたら結局その外には出られない。そして……ここが閉じてることにまだ誰も気づいていないような気がする。


「ホームツリーから離れない限りわからないもんなあ」


 僕だってそうだったんだ。チャムが突然いなくならなければ、箱柳の木を離れるなんてことは絶対に考えなかっただろう。そして、僕のようなはぐれエルフが他にいないことを考えると……。チャムの消失がどんなに異常かってことが改めてわかる。

 壁をじっと見つめてから、あのぺらぺらを取り出してもう一度確かめる。模様みたいのが四つ。それ以外は真っ白、か。マザーは魔法ルーンがどうのこうのって言ってたけど、この模様はそれに関係しているんだろうか。疑問がぐるっと一周して、結局元に戻ってしまった。僕にわかったのは、ここが壁で囲まれてて『閉じてる』ってこと。


「チャムが消えてるんだから、どこかにゲートがあるはずなんだけどなあ」


 あるとすれば川向こうや上空ではないと思う。僕らは絶対にそこまでたどり着けないもの。だとすれば、地下? でも、森には大きな洞穴どころか腕を突っ込むくらいしかできない小さな穴ぼこみたいのもなさそうだったけどなあ。じゃあ、まだあまり探索してない葦原のどこか? 葦原は森よりずっと広いんだよね。あーあ、うんざりする。

 だけどじっとしていたって何も見つからない。僕はのろのろと柳の木から降りて、じめじめした葦原をかき分け始めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る