第三話 壁

(1)

「これじゃあ、どうにもならないよう」


 根城にしている柳の木。その幹に抱きついて弱音を吐く。これじゃあ、わざわざホームツリーから離れた意味がないよ。だってそうでしょ? 森の中では、誰からも無視されてしまう。会話が成り立たないから、何一つ聞き出せない。箱柳の木に戻ってマザーを問い詰めても、あたしは何も知らないよって言うだけだろう。これまでだって、マザーが僕やチャムの相手をしてくれたことなんか、数えるくらいしかなかったんだ。

 でも、森やホームツリーはまだましだよ。だって、森の外には葦原と柳の木があるだけで、人っこ一人いないんだもの。森の中以上に情報なんか集められそうにない。


 エルフランドから外に出るなら、どこかにある出入り口を探し当てないとならないけど。川に囲まれた葦原は森よりもずっと広い。目印らしいものもないから、どこからどこまで探したのかすらわからなくなってしまう。


「いや、暇だけはうんざりするくらいあるから、時間かかるのはいいんだけど」


 問題は、危険の方だ。最初に上空高くに舞い上がった時は真っ直ぐ立ち上る気流だったから、僕は風に身を任せるだけですごく高くまで上がれた。でも、気流は安定してない。吹き上げるだけでなく、吹き下ろす風が強いこともある。そして、風の向きがどう変わるのかは前もって予測できない。本当に気まぐれなんだ。森の上空から外れて葦原に入ると、高く翔ぶほど風の変化がめちゃくちゃになる。風の動きを読んで、身体を乗せたり逆らって羽ばたくことがまるっきりできない。


 最初に地面に叩きつけらずに済んだのは、あくまでも偶然。単なる幸運でしかない。もらえるかどうかわからない幸運に身を任せるチャレンジは、どんなに僕が楽天的だって言ってもしたくない。


「風の影響を小さくするには、ぎりぎり低いところを翔ぶしかないってことか」


 低いところと言っても、芦原の葉っぱや茎をかいくぐって翔ぶのは無理だ。羽がすぐに傷んじゃうもん。まずは、森や葦原を囲んでいる川の岸辺までなんとか辿り着こう。そこまで行ければ、川向こうの様子がわかるはず。もしかしたら、川を渡ったところにゲートがあるのかもしれないし。


 僕は、じっくり時間をかけて葦原のぎりぎり上を翔び周り、わずかに生えている柳の木の配置を頭に入れた。木に足が生えてて、生えてる場所がどんどん動いちゃうなら別だけど。僕が特徴を覚えた木の場所は定まっているみたい。困った時にはそこまで戻ればいい。


「よし! じゃあ、川まで翔ぼう!」

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