(2)

 いや、今はいろいろ考えてもしょうがないね。とりあえず、ホームツリーのない葦原のところまで翔んで行ってみよう。

 でも自分の羽をはばたかせるよりも先に、吹き下ろしの強い気流が僕をエルフランドの縁の方に押し流した。必死に羽を動かして体勢を立て直そうとしたけど、うまく行かない。このままじゃ葦原の中に叩きつけられてしまう! 墜ちて行くわずかな間に葦原を見下ろしたら、茂みの中に何本かの柳の木があることに気づいた。なんとか木の枝にしがみつこう。下降気流に逆らわず、羽を舵代わりにして体を柳の木に向け、風が少しだけ弱まったタイミングで下がっていた枝に必死に抱きついた。


 ばさばさばさばさっ!

 風の勢いが強くて、どんなに枝にしがみついても身体からだを持っていかれそうになる。細長い葉と一緒に枝の周りをぐるぐる振り回されたけど、枝に回した腕だけは絶対に緩めなかった。


「うぐうううー」


 腕がちぎれるんじゃないかと思うくらいの強い衝撃。だけど、なんとか着地できたみたいだ。慎重に腕を緩めて枝の太い部分に這い上がり、風向きを確かめて幹を風除けにする。こんな強風が吹いてるんじゃ、高い木なんか育たないね。枝が柔らかい柳だからなんとか立っていられるんだろう。


「ひどいめにあったー」


 そうだよな。マザーは危険がないとは言ってない。何が危険がわからないって言ったんだ。変化のないホームツリーにいるから気付かないだけで、気流一つとったって危険だらけじゃんか!


 そろそろと柳の木のてっぺんまで上がってみる。そんなに背の高い木じゃないけど、他にまるっきり木がないから四方がぐるりと見渡せる。

 まず。すっごく風が強い。森の中に居た時にはそよ風しか感じたことがなかったけど、ここにはもっともっと強い風が吹き荒れていて、その風に逆らって翔ぶのは難しそうだった。

 そして。上を飛んでる時に何度も確かめたんだけど、この辺りには全くエルフの気配がない。僕はここではよそ者扱いされないんじゃなく、よそ者扱いしてくれるエルフがそもそもいない。


「うーん。ちょっと極端から極端だったかなあ」


 誰もいないと何の答えもヒントも得られない。それじゃあここまで翔んで来た意味がないよなあ。


「仕方ない。もう一回やってみるかあ」


 柳の木のてっぺんから少し下がって、風が弱まるのを待つ。風は決まった方向に吹いているわけじゃなく、吹き付ける方向と強さを変えながらくるくる気紛れに巻き上がり、吹き下ろし、凪いだと思ったら、そのすぐ後に荒れ狂う。どんな吹き方になるのか予測が付かないけど、もう森に戻れないということもなさそうだった。

 ざうっ! 一際強い風が吹き寄せて、僕は引きちぎられるように柳の枝から手を離した。風の向きは上向き。何もしなくても上空高くまでたどり着けるだろう。


 最初の時よりもずっと高く。エルフランドが小さな点に見えるくらいまで吹き上げられた僕は、そのあと勢いを失った風に放り出されるように、ゆっくり下降を始めた。

 翼で慎重に方向を調整しながら、何度もエルフランド全体を見直す。


「やっぱり……狭い」


 ほんの一握りの土地にぎっしり木が生えていて一見森みたいだけど、それは森って言えるほど広くなかったんだ。限られた木立に無数のエルフが集まって、さざめくように羽を震わせ、会話を交わしている。小さな、閉じた世界。


「うーん……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る