(3)

「うーん……困ったなあ」


 箱柳を離れて、近くのホームツリーにいるエルフたちに聞いて回ってみたけど。彼らがぺらぺらのことを知ってる知らない以前に、僕は全く相手にしてもらえなかった。どこに行っても、「あんただれ?」だ。もっとも、僕だって箱柳の木にチャム以外のエルフが来たら同じことを言っただろう。


「そうか」


 エルフの消失。たくさんいるから消えてない、じゃなく。ホームツリーの間が独立してて行き来が少ないから、消えたのが分からない、だ。僕が最初にもしかしたらって思い付いたことは、本当に合ってるのかもしれない。

 それと。僕がどこで誰に聞いて回っても、僕はそもそも相手にしてもらえないってことがはっきり分かった。もし、僕が消失の手掛かりを求めて他のエルフとやり取りしたいのなら、僕と同じように退屈を持て余しているエルフを探さないとだめなんだろう。


 さんざっぱら飛び回って無駄足を踏んだ僕は、箱柳に戻ってこれからどうするかをしばらく考えた。そして、ホームツリーを離れる決心をした。

 ここに残っていつまでも退屈だってぐちぐち言い続けるよりも、ぺらぺらの謎を追った方がいいことのように思えたんだ。マザーを一人にしちゃうけど、きっとマザーは一人を気にしないだろう。

 いつものように半分だけ目を開けてぼんやりしているマザーに、声を掛けた。


「マザー!」

「ああ、ベル。なんだい?」

「僕はここを出ることにする」


 半開きの目のまま、めんどくさそうに顔を僕の方に向けたマザーは、抑揚のない声で僕に聞いた。


「もう戻らないのかい?」

「分からない。でも、このぺらぺらのことが何か分かるまではたぶん戻らない」

「ふうん。それがそんなに気になるの?」

「だって、僕にとってはこれだけが元々ここになかったものだもん。それに、これと引き換えにチャムが消えちゃったから」

「ああ、そうだね」

「だから、僕はどうしてこんな風になったのかを知りたいんだ。ここじゃ、それしかすることがないもの」


 黙ったまま僕とぺらぺらを代わりばんこに見ていたマザーは、寄りかかっていた枝から大儀そうに体を起こすと、枝の小さな窪みに手を突っ込んだ。


「これを持ってお行き」


 それは、緑色をした小さな石だった。


「なに、これ?」

「見ての通りだよ」

「石?」

「そう。ただ、少しだけルーンを帯びてる」

「へえー」

「ほんの少しだけさ。これに運命をひっくり返す力はない。だから、使えても一度きり。それも、ベルの望んだ効果が得られるかどうか分からない」

「それって……意味あるの?」

「さあね。ここにいる限りは意味がないよ。でも」


 ゆっくり腕を伸ばしたマザーが、ぺらぺらを指差した。


「それがここのものでない以上、あんたはここでないところに行かないと答えをもらえないだろ?」


 ああ……そうだ。確かにそうだね。


「だから、持ってお行き」

「分かった。ありがと。マザー」


 くるっと僕に背を向けたマザーは、また眠ったふりを始めた。僕が木から飛び降りようとしたら、マザーがうんと小さな声で何かぶつぶつ言った。


「寄る人は割れ、割れた人は寄る。それがことわり


 ……? どういう意味だろう? でも、意味を今考えても意味がない。だって、ここには僕とマザーしかいなくて、僕は何も分からないし、マザーは何も教えてくれないから。

 僕は木の下からマザーを見上げて、一度手を振った。でもマザーは応えてくれなかった。


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