第67話
翌日。再度クラス会議を経た後、文化祭の本格的な準備が始まった。
決定したのは、哲太、翔、姫奈が提案した「そらの旅」だった。
それは、キャビンアテンダントのコスプレをした翔たち男子が、料理をサーブするという企画だ。
黒板にスライドショーで、生徒たちが旅先で撮った写真を流すことにより、旅行気分を味わえるというもの。さらに、その場所にちなんだ料理メニューにしようという話になった。つまり、教室にいながら旅行気分を味わえるカフェだ。
元々哲太が翔たちに提案したのは、よく新幹線で固いアイスを運んでくれるお姉さん──新幹線パーサーになりきったカフェ、だった。だが教室内が決して広くないことと、あの固いアイスの入手方法が分からなかったことから、それに類似した案にすることにした。
そして三人でさらに話し合った結論が「そらの旅」だったというわけだ。
原案とは異なる形になったが、哲太は「それは楽しそうですね!」と喜んでくれた。
これまでの翔の人生が、まさに「そらの旅」だった。名前に「そら」を入れたのは、そらちゃんに未練があるからではない。過去との決別を果たすという意味で、あえてその名前を使った。姫奈も、その名前を気に入ってくれた。
翔、姫奈、哲太は、提案者として、文化祭のことを取り仕切る係に加わることになった。
そして、文化祭の準備期間が本格的に始まった。
翔たちは準備に奔走した。クラスメイトが旅行先で撮った写真を集め、その土地で食べた料理についての感想も聞いた。帰国子女の生徒も一人いて、その子から海外の写真ももらうことができた。翔と姫奈が岡山で撮った写真や、岡山で食べたきびだんごパフェも役に立った。
他にも、食品を提供するということで生徒会や先生たちに許可を取りに行ったり、家庭科の先生が開催する料理講習にも参加したりした。
姫奈は、文化祭当日はキッチンで調理を担当することが決まっていることもあってか、とても真剣に話を聞いていた。
ラブラビのバイト中も、姫奈は今まで以上の仕事量をこなすようになった。最近は恭子さんの気遣いでキッチンを担当していたのだが、自分からホールに出て接客をすることもあった。恭子さんが「姫奈ちゃんは中にいていいのよ」と言っても、「無理しない範囲でやるから、少しずつ慣れさせて」と言った。と同時に「もし私が失敗しそうになったら、その時は助けてください」と、ちゃんと恭子さんに頼んでいた。
今まではとにかく、大丈夫大丈夫、と言い通して結局無理をしてしまっていた姫奈だったが、最近は周りの人を頼ってくれるようになっていた。
それにしても、文化祭ではキッチン担当に決まっている姫奈が、どうしてホールの仕事までやるのか、翔は気になった。姫奈に尋ねたら、「結局、ホールのことを知っていないと、キッチンの仕事もうまくできないでしょ」という答えが返ってきた。
姫奈は自分の役割を全うするために、少しずつ前に進もうとしている。翔は彼女の姿を見て、自分も負けていられないと思った。
文化祭の準備がある程度進んだ頃、クラスTシャツと同時にCAのコスプレ衣装が届いた。翔と哲太、その他ホール担当になっている数人の男子は、採寸もかねて早速CA衣装を試着することになった。メイク担当の女子数名も一緒に、空き教室になっていた音楽室を訪れた。
翔はとっくに恥を捨てていたつもりだったが、いざタイトスカートを履き、ウィッグを着け、クラスメイトの藤原さんにメイクをしてもらうと、なぜだか妙に落ち着かない気持ちになった。
「これが、スカート、か……」
「七瀬くん、背が高くて脚も細いし、とても似合ってるよ」
藤原さんは、「大丈夫! めっちゃ可愛いから」と笑い飛ばす。
「あとは、仕草とか、所作とかを女の子らしくすれば、本当のCAさんになっちゃうよ」
「女の子らしい仕草。どうやってやればいいんだ」
彼女は少し「うーん」と考える仕草を見せてから、こう答えた。
「真似すればいいと思うよ」
「モノマネ?」
「うん、まあそんなところ。女の子はね、自分より可愛いと思う子を真似することで、可愛くなっていくの。メイクも、ファッションもそう。憧れとか理想がある女の子は、それに近づくために努力する、だから可愛いってわけ」
藤原さんはスマホのロック画面を翔に見せてくれた。テレビでよく見る有名な女優さんの画像だ。言われてみれば、たしかに彼女は、どことなくその女優さんに目元のあたりが似ている。それに彼女の影は、少しオレンジが混ざったような独特な青色で、画面越しに見るその女優さんの影とほぼ同じ色をしている。
「私、一年生の頃、この人に一目惚れしたの。私もこうなりたいって思った。さすがに私みたいな一般人とあの人とじゃ、顔の大きさとか骨格とか違いすぎるけど、少しでも近付きたいって思ってメイクとか研究してる」
「ああ、だから似てるのか」
感心して翔がつぶやくと、藤原さんは一瞬面食らったような表情を見せた。
「──、も、もう、七瀬くんは褒めるのが上手いなぁ!」
そして話を逸らすように、近くにいたCA姿の人を指さす。
「あ、ほらほら、あの人見てよ。手先の動きがちゃんと女性っぽい。──って、誰⁉ あの人」
藤原さんは幽霊でも見つけたかのように後ずさった。
知らない女子が一人、ピアノチェアに腰かけている。足を斜めに揃え、手は重ねて太腿の上に置いている。少し俯いた顔が愁いを帯び、長いまつ毛にはたっぷりの色気が滲んでいる。
今この教室にいて、CAの衣装を着ているということは、翔のクラスメイトの男子で、接客担当になっている誰かのはずだが。
翔がその子をじっと見つめていると目が合ってしまった。
その子は顔の横で手を振っている。
「翔氏!」
「え⁉ ……は⁉」
たしかに今、その子は哲太の声でそう言った。
「うそ、だろ……」
翔の隣では藤原さんが、同じように「嘘……」と口を押えて驚きを表している。
哲太は自慢げな顔で翔たちの方に近づいてきた。
「どうですか翔氏! 小生のキャビンアテンダント姿は」
いつもは眼鏡をかけている哲太。眼鏡を外したところをあまり見たことがなかった翔は、彼の変わりようを目の当たりにして言葉を失った。
綺麗で艶やかな目元。女性らしいきめ細やかな肌。上品な仕草。
とてもじゃないが、いつもそばにいる哲太とは思えない。
「小生、新幹線にもよく乗るので、新幹線パーサーのお姉さんと同じ動きができるんです。どうですか、驚きましたか?」
翔の脳内は軽いバグを起こしている。いまだに信じられない。何かのドッキリか、夢でも見ているのではないかと。
「驚いて声も出せないですか?」
だが、声はいつも通りの哲太だ。
「哲太氏、少し喋らないでもらっていいですか」
「ひどいですぞ、翔氏。いくら小生が可愛くなったからって」
「いや、何かいろいろ崩れそうなので」
翔と哲太の賑やかな会話を耳にして、音楽室にいる全員の注目が二人に集まり始める。
「翔くんと一緒にいるのって、……哲太くん⁉」
「予想外すぎる」
「マジか……。正直、いけるわ」
周りの反応は、元々イケメンだった翔よりも、普段はあまり目立たない哲太の変わりようを驚くものがほとんどだった。
哲太のメイクを担当した北条さんは、美術館で作品を鑑賞する人みたいに腕組みして、高みの見物をきめていた。その結果、北条さんのあだ名が「孤高の芸術家」や「百年に一人の逸材」になってしまう事態にまで発展した。
音楽室は大混乱。
「そうだ、いいこと思い付いた!」
パンッと藤原さんが手を叩き、哲太に注がれていた皆の注目が藤原さんに集まる。
「人気投票やろうよ!」
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