第43話

「お! あった!」


 さっきの柳葉と同じように、曽良島が声を上げた。

 見つかったのは、お菓子が入っていたと思われる四角いスチール缶だ。


「尚政! あったよ!」


 掘り当てた曽良島は子犬のように柳葉の方を振り向いた。


「見れば分かる」


 平然を装っている柳葉だが、口角がわずかに上がっている。やっぱり楽しみだったらしい。その顔を見て、曽良島も笑顔になった。

 ネイルをしている女子たちに配慮したのか、柳葉が率先してスチール缶を開けた。

 中には、何重もの密閉袋に入れられ、ガムテープで巻かれた平らな物体が入っている。


「手紙だ」


 その声につられ、同級生たちの輪から一歩離れたところで様子を見ていた翔と姫奈は近づいた。二人は隙間から手紙を覗こうとして左右に動き、繋いでいた手はほどけてしまった。


 袋の中に入っていた手紙は保存状態が良く、何の遜色もなく文字を認識することができた。

 手紙は柳葉と曽良島で分担して持ち、扇状に広げて一枚ずつみんなで確認していった。


 内容はどうやら、保育園児だったころの曽良島たちが十年後の自分に宛てて書いた手紙らしい。もちろん、ここにいる五人以外の手紙も十何枚か入っていて、かつ保育園児のときに書いたから文字が読みにくいということもあって、五人は自分の手紙を探すのに苦労していた。


 初めに自分の手紙を見つけたのは曽良島で、誰に求められたわけでもないのに、手紙を大声で読み始めた。


「げんき? ぼくはげんき。でも、さいきん、なおまさとけんかして、ちょっとかなしい。なおまさは、ぼくのこときらいなのかな。だけど、ぼくはなおまさのことがすきだから、なかなおりしたらうれしいです。じゅうねんごのぼくは、なおまさとなかなおりしてますか?」


 読んでいる途中から、曽良島の声がフェードアウトしていった。

 彼の方を見ると、お調子者の曽良島が珍しく本気で恥ずかしそうに、その頬を真っ赤に染めていた。太陽に照らされている彼の影は、心なしか以前より青色が濃くなって、濃紺に近い色になっていた。


「お前、そんなこと書いてたのかよ」


 曽良島の隣にいる柳葉は、冷ややかな目で彼を見つめていた。


「よくそんな恥ずかしいことを大声で読めたよな」

「えー、仕方ないじゃん! 十年前の自分が何書いてたかなんて覚えてなかったんだから」


 困り顔の曽良島だが、何か思いついたのか、意地悪な顔になった。


「そういえば、尚政は何て書いてあったのかな?」

「──俺は、別にたいしたこと書いてねえよ」


 だが、翔は見ていた。曽良島が手紙を読んでいる間に、柳葉が自分の手紙を背中に回して隠しているところを。

 翔は曽良島に目配せして、目で柳葉の背中に手紙が隠されていることを伝えた。


「あ! あんなところにUFOが!」


 曽良島が空中を指さす。全員の視線がそちらに向いた。ちょうど柳葉が曽良島に背中を向ける格好になる。


「隙あり!」

「あ!」


 曽良島が柳葉から手紙を奪った。


「こら返せ!」


 柳葉が、手に持っている残りの手紙を放り投げ、曽良島に詰め寄る。曽良島は手紙を高らかに掲げる。曽良島の方が少し身長が高く、柳葉はわずかに届かない。

 手紙を太陽にかざして、曽良島が手紙を読み始める。さっきの大声とは違い、自分がその中身を独り占めして味わうように、小声で。


「いつか、むねたかとなかなおりできたら、いっしょにかめんライダーをやりたいです」

「だー! 読むんじゃねえ! 返せ!」


 柳葉がジャンプする。その拍子にバランスを崩した曽良島が、後ろに尻餅をついた。雪崩れ込むように、その上に柳葉が覆いかぶさる。

 曽良島はきゅっと体を縮め、恥ずかしそうな唸り声をあげた。柳葉はそんなのお構いなしに、その手から自分の手紙を引き抜いた。


「ちょっと男子、イチャイチャしないでくださーい」


 同級生の女子たちから、冷ややかな声が飛ぶ。

 彼女らの視線を背に立ち上がった柳葉は、誰に求められたわけでもないのに、言い訳がましく喋り始めた。


「元はと言えば、曽良が悪いんだろうが。俺がハマってた仮面ライダーの変身ベルトを横取りして使っちまうんだから。そこから喧嘩が始まったんだろ」


 曽良島は「だって」と唇を尖らせる。


「曽良はいっつもそうだ。俺の真似ばっかしやがって」


 柳葉は少し鬱陶しそうに、だけど弟をかわいがるような響きを含んで言う。

 手紙にそのように書くということは、当時の柳葉にも仲直りしたい気持ちがあったということだろう。つんけんしているが、なんだかんだ可愛いところもあるなと、翔は思った。

 同時に、「曽良島がそこまで真似しようとするのは、柳葉のことが好きだからだぞ」と、翔は言いたかったのだが、影の色で恋が分かってしまう自分がそれを言うのはズルいと思ったし、想いは曽良島が尚政に直接伝えた方がいいと思ったので、言わなかった。

 尻餅をついていた曽良島は、柳葉に手を引かれて立ち上がった。


「結局、その時の二人は仲直りした?」


 翔が尋ねると、曽良島は頷いた。


「たしか誰かが仲裁してくれたんだよ。誰だっけ?」


 柳葉に尋ねた曽良島だったが、「俺に聞くな」と言われてそっぽを向かれてしまった。

 その時、女子の一人が言った。


「──それさ、もしかして、そらちゃんじゃない?」

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