第42話

 うみかぜ公園──高台にあるその公園からは、瀬戸内海を見ることができる。

 柔らかい潮風が心地いい場所だ。フェンスや遊具が所々錆びついているのだが、それすらも周りの景色との調和を生んでいて、この公園の持ち味となっている。


 ずっと記憶の奥底に眠っていた景色を見て、翔の中で様々な思い出がよみがえる。

 昔、両親と共に何度か遊びに来ていた。

 たいてい翔は、東屋の下にある砂場で一人、黙々と砂遊びをしていた。父や母が「翔、お外の滑り台で遊んでる男の子たち、みんな楽しそうだよ?」と、それとなく他の男子に交じって遊ぶことを促しても、翔は「いい!」と言って、砂で遊んでいた。

 他の女子たちが、おままごとをやりに砂場に来て、翔もそれに付き合わされたことがある。当時から人付き合いが苦手だった翔は、自分がやりたい役を言わなかった。そのため、だいたいお父さん役をさせられていた。

 周りに誰がいても関係なく、翔は砂を掘っていた。

 そして、この場所で、そらちゃんと出会った。

——下ばっか見てないで、わたしと遊ぼう!


 四人がうみかぜ公園に着いたときには、曽良島たちの同級生らしき人が既に三人集まっていた。女子が二人と、男子が一人。その男子はスコップを持っていた。

 どうやら今日集まる予定のメンバーは、これで全員らしい。

 曽良島はその人たちに、翔と姫奈のことを紹介してくれた。


「それにしても、みんな久しぶりすぎて、誰か分からんかった。というか、名前もあやふや」


 曽良島は笑う。それもそのはず、彼らはタイムカプセルを掘り起こすために最近SNSで繋がったものの、実際に会うのは保育園ぶりらしいのだ。

 先にいた三人は、曽良島の言葉に対して激しく頷いた。


 それから翔と姫奈を含め、全員で改めて自己紹介をし直し、タイムカプセルを掘り返す流れとなった。

 タイムカプセルが埋まっているのは、うみかぜ公園のすぐ横にある小規模な植栽林の中らしい。そこは、曽良島たちが通っていた保育園生が、教育の一環として毎年卒業の時期に木を植える場所なのだそうだ。

 今日掘り起こす許可は、柳葉がその保育園に確認して、既に取ってくれていた。

 


 さっそく、全員で植栽林に向かった。


「お、あった」

 珍しく柳葉が声を上げた。


 二メートルほどの木の根元には、「〇〇保育園・第〇期卒業生」と書かれた立て札がある。


「曽良、スコップで掘ろう」

「おっしゃ!」


 もう一人の男子が曽良島にスコップを手渡し、曽良島はその木の根元を掘り始める。

 もうすぐ、そらちゃんのことが分かる、かもしれない。そう考えた途端、翔の胸が早鐘を打ち始めた。


 長年、踏み出そうとして踏み出せなかった。その一歩がようやく踏み出せた。

 嬉しいはず。それなのに、不安な気持ちになってしまうのはなぜだろう。


 隣にいる姫奈の横顔を横目で確認する。

 姫奈は真剣な表情で、土が掘られていく様子を凝視している。


 ふと、姫奈が手を握ってきた。

 震えている。それに、手に塗られているのはアクアスキンの日焼け止めだ。姫奈が無理しているときに塗ると、二人で決めた日焼け止め。


 いつもの姫奈なら、タイムカプセルを掘るのに喜んで参加しそうなのに。

 どうして……。


「姫奈──」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る