第41話
姫奈はちょうど打ち終わってゲージから出てきた。
「姫奈!」
切羽詰まった翔の様子に対し、姫奈は戸惑いの表情を見せる。
「どうしたの、怖い顔して」
「あ、いや。大したことじゃない、けど」
翔は息を整え、気持ちを落ち着ける。
「手、大丈夫かと思って」
「ん? いつもの?」
姫奈は「はい」と両手を差し出した。翔と同じ右打ちの姫奈には、やはり翔と同じように、左の掌に水ぶくれができていた。ちょうど薬指の付け根のあたりだ。
「うそ、デキモノできてる。全然気付かなかったわ」
「そのための治療をしようと思って、テープ借りてきた」
翔が曽良島に借りてきたのは、治療用のテープだった。
曽良島にしてもらったのと同じように、姫奈の手をぐるりとテープで巻いた。特に、薬指の付け根には重点的に。
巻き終わってテープをちぎり、姫奈の手の平を確認する。水ぶくれの箇所はちゃんとテープで覆うことができた。
ついでに今日の日焼け止めチェックをした。今日の姫奈はローズマキアの日焼け止めをつけている。だから、無理はしていない。
よかった、と翔は胸をなでおろした。
「ちょっと、いつまで見てるのよ」
姫奈に声を掛けられ、翔はハッと目線を上げる。
「ごめん、ちょっと考え事してた」
もう、こうやって姫奈の手を見ることも近々できなくなるのかもしれない。そう考えたら、つい無意識に、じっと手を見つめてしまっていた。
また揶揄われるかと思い、すぐに手を引っ込める。
だが、姫奈は真面目な顔で、翔の目を見つめて尋ねた。
「どうして、私が怪我してるって分かったのよ」
翔は、テーピングが施されている自分の手の平を姫奈に見せる。
「オレも同じ場所を怪我したから」
姫奈は自分の手の平を、翔の手の隣に置いた。
「おそろい! ねえこれって……」
翔は気付いた。テーピングを巻いた箇所が、二人とも左手の薬指であることに。
「エンゲージリングみたいね! 素敵!」
ずいぶん安物だけど、という言葉が口から出そうになったが、目の前の姫奈の笑顔を見た途端、そんなことを言う余裕はなくなってしまった。
「……姫奈、昨日はごめん」
彼女の頬が少しだけ桃色に見えるのは、晴れの国の太陽に照らされているからだろうか。
「私の方こそごめんね。ちょっと調子乗りすぎてたわ」
安物のエンゲージリングのおかげで、翔はずいぶんと価値のあるものを手に入れられた気がした。
翔は振り向いて、曽良島に視線を送る。
翔が見ていることに気づいた曽良島は、ちょうどピッチングマシンが投球モーションに入るインターバル中で、お茶目にウインクをして応えてくれた。しかしその直後、彼の目の前をボールが通過して、彼は再び柳葉に怒られてしまった。
だが、彼はとても満足げな顔をしていた。
四人のバッティングが終わって、バッティングセンターを出た後で、翔は改めて曽良島にお礼を言った。
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