第40話
曽良島は、授業中に先生にバレないように会話をする生徒みたいに、翔に少し顔を近づけて「これはもっと内緒の話なんだけどね」と話し始めた。
「俺はあいつのことを、放っておけないのよ。厳しくていつも自分を追い込んじゃうから、いつか怪我とかしちゃいそうな気がして。それに、あいつは本当は優しいのに、厳しいからってだけで誤解されることが多いんだ。あいつのそういう面を知ってるのは俺しかいないんだよ。だから、尚政の傍には俺がいないとダメなんじゃないかって思ってる」
「分かる」
翔は激しく相槌を打った。
「オレの近くにも、放っておけない人がいる。いつも明るいフリしてるけど、たまに抱えきれなくなって消化不良を起こす人。ほんとに倒れて入院までしたときは大変だった。だから、そういうことが二度と起きないように、オレはいつも気を付けて様子を見てる。オレもその子に出会っていろいろ変わった。だから、感謝もしてる」
曽良島は笑った。
「翔くんのこと、勝手に無口な人だと思ってたけど、喋るときは喋るんだね。それも、その人の影響?」
「……そうかもしれない」
翔は、黙々とバットを振る姫奈の背中を見た。
その時、姫奈が振ったバットの芯にボールが当たり、ボールはピッチングマシンを越えて奥のネットまで届いた。
「やった! やったやった!」
子供みたいに飛び跳ね、はしゃぐ姫奈。すぐにこちらを振り返って鼻息荒く声を張り上げる。
「ねえ翔くん今の見た⁉ すごくない⁉」
だが、また昨日のことを思い出したのか、気まずそうに「あ……」と口を開け、俯く。
「すごかった」
翔が素直に褒めて拍手を送ると、顔を上げた姫奈は一瞬照れたように頬を掻き、それからクシャっと全力で笑った。
「どうよ、凄いでしょ!」
今のやり取りの間に何球かピッチングマシンが投じた球が素通りしていったが、姫奈はそんなことをまるで気にせず、再びバットを構えてマシンと対峙した。
少し気まずくなったところで、何も変わっていない。結局、いつも姫奈ばかり見てしまう。
一連の流れを隣で見守っていた曽良島が、息子の成長を見守る親のような安らかな顔になっている。
「翔くん、案外分かりやすいよね」
「……」
翔は照れ隠しにバットを持ち、ベンチを立った。しかし、曽良島の一言で足を止める。
「今のうちだけだよ、そばにいられるの」
翔は「どういうこと?」と尋ねる。
「高校を卒業したら、みんな離れ離れになるから。いつまでも傍にいられるわけじゃないんだよ。柳葉は東京の大学に行くけど、俺は岡山の大学にいくつもりだし。翔くんにも、虹ヶ丘さんと離れなきゃいけなくなる時が来るかもしれないじゃん。だから、虹ヶ丘さんと一緒にいられる時間を大切にしてもらいたいな、……って、思って」
翔は想像した。姫奈が隣からいなくなることを。
それが訪れるのは卒業より先にもう一つ。そらちゃんと再会したときだろう。
その時、もしそらちゃんに対する未練が、まだ自分の中にあると分かったら。今の姫奈との、曖昧でかけがえのない関係は終わりを迎えることになる。
いつか必ず終わりが来る。そう考えたら、やっぱり名残惜しい気がしてきた。
曽良島はベンチに座ったまま、目線を伏せていた。
「俺はもう、叶わないからさ。いろいろ壁が高すぎて。だからいつか、諦めるタイミングを見つけなきゃって思ってるよ。でも君たちには、そうなってほしくないなーって思ってさ」
その時、バッティングを終えた柳葉が、曽良島に声をかけた。
「おい、いつまで休んでんだ。早くやるぞ」
「はいはーい」
曽良島は余裕そうに笑顔を作って、ベンチから立ち上がる。
「なんかごめんね、決めつけで話しちゃって。俺の独り言だから無視してくれていいからね」
小走りでゲージに向かおうとする曽良島を、翔はとっさに呼び止めた。
そして彼からある物を貸してもらい、それを持って姫奈のゲージに走った。
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