第38話
翌朝。
二人は曽良島と柳葉に合流し、うみかぜ公園に向かっている。
姫奈は柳葉と、翔は曽良島と、それぞれ話しながら歩く。
昨夜のことがあって、翔と姫奈にはほんの少しの隔たりが出来てしまった。といっても、引きずっているのは翔の方で、姫奈はいつも通り元気そうに笑顔を振りまいている。
翔は前を歩く姫奈の背中を眺めながら、彼女の笑顔がいま、自分ではなく柳葉に向けられていることを、もどかしく思ってしまう。
──どうして姫奈は、オレに対してずっと変わらずにいられる?
それとも無理して明るく振舞っているのだろうか。今日はまだ日焼け止めによる確認を行っていないから、それは分からない。影は相変わらず見えないから、彼女の恋模様も分からない。
「日傘、いいっすね。俺も練習の時に日傘使いたいなー。そうすれば日焼けしないのになー」
隣の曽良島が能天気に話しかけてきたが、翔は生返事しかできなかった。
汗を流しながら20分近く歩き、四人が着いたのは、うみかぜ公園──ではなく、バッティングセンターだった。
「まだ、うみかぜ公園に集合するまで時間があるんで、ちょっと俺らの日課に付き合ってくださいっす」
隣の曽良島は、いつの間にかバッティンググローブをはめており、やる気満々だ。
ちなみにまだ営業時間前らしいが、店の扉は開いていた。曽良島と柳葉は、夏休み期間中は毎日、サービスで10ゲームほど打たせてもらっているらしい。
受付カウンターで専用と思われる木製バットを手にした曽良島と柳葉。先にバッティングゲージに入ったのは柳葉だった。ゲージの上の看板には、130㎞/hと表示されている。
翔たち三人は、ゲージの後ろのベンチに座った。
時速130キロといえば、岡山を走る特急列車・うずしおの最高速度と同じだ。そんなものが人間に打てるのだろうか。
だが、そんな翔の疑問は一瞬にして打ち砕かれる。ピッチングマシンが投じた白球は、パキンという小気味いい音と共に、遠く離れたネットに吸い込まれたのだ。「ホームラン」と書かれた的のすぐ隣だった。
「「すご!」」
翔と姫奈は弾かれるようにベンチから立ち上がってしまった。目が合い、お互い思わず「あ」と言って、ぎこちなくベンチに座り直す。
そんな二人に見向きもせず柳葉は、次の投球に備えて悠然とバットを構える。
「柳葉くんは、プロを目指してるんですか?」
翔は隣の曽良島に尋ねた。曽良島はかぶりを振る。
「大学にいっても野球を続けるみたいっすけど、プロを目指すっていう話は聞いてないっすよ」
「素人のオレが見ても、凄いし、努力してるって分かるのに」
「130キロなら、たぶん高校球児はみんな打てるっすよ。それに、岡山県内だけでも、俺らより上手い人はゴロゴロいるっす」
曽良島は真剣なまなざしで、じっと目の前の柳葉の背中を見つめながら、彼が振り終わったタイミングで声をかけた。
「ちょっとバットが外から出てる」
柳葉はバットの構える位置を若干高めに修正し、軽々とホームラン的に打球を放り込んだ。
それを見届けた曽良島は、翔の方を向いて笑顔を作った。
「俺、ずっと尚政のこと見てきたから、フォームがいつもと違うの、すぐに気付けるんすよ」
ずっと見てきた、というのは、野球選手としての話だろうか。それとも、人として、ということだろうか。
規定の球数を打ち終えた柳葉がゲージから出てきた。入れ替わるように今度は曽良島がゲージに入って、打撃を開始した。
曽良島は柳葉より一回り体が大きいだけあって、バットを振るスピードも打球速度も、あの柳葉より速い。だが、打球が左右に転がったり、高く上がりすぎて上のネットに当たったり、安定しない。頻繁に空振りもしている。
柳葉はそんな曽良島に目もくれず、他のゲージに移動しようとしている。
姫奈が尋ねた。
「曽良くんにアドバイスしてあげなくていいの?」
「あいつは俺が見てると打てないんです。プレッシャーに弱いタイプで」
それだけ言って、二つ隣の、70km/hのゲージに向かう。
「バッティングを教えますよ」
姫奈は柳葉の後に続く。一度こちらを振り向いて、目で、翔くんは一緒に来ないの、と尋ねてきたが、翔はその場にとどまった。
なんとなく、柳葉に教えられるのが嫌だった。別に彼のことが嫌いなわけではないけど、直接負かされたような気持ちになるのが気に食わない。
柳葉が他のゲージに消えた途端、曽良島は何かの枷が外されたみたいに、いい当たりを連発し始めた。翔が間近で見ているにも関わらず。彼がプレッシャーに弱いというのは、柳葉に対してだけの話らしい。それがどういう意味かを、青い影の色と合わせて考えて、翔は理解した。
ついには、曽良島はホームランの的を強烈な打球で突き刺した。
その打球を目で追っているとき、離れたゲートで柳葉に指導を受ける姫奈の姿が目に入った。二人は一緒にゲージに入っている。コインを入れず、ボールが飛んでこない状態だ。
姫奈がバットを構えて立ち、その後ろに覆いかぶさるように柳葉が立って、文字通り、手取り足取り、バットの握り方や振り方を教えている。
その姿に、翔の目は釘付けになってしまった。この場にとどまることを選択したのは自分なのに、その選択をしたことに腹が立ってしまう。
「険しい顔して、どうしたんすか?」
気付いたら、バッティングを終えた曽良島がゲージから顔を出していた。
「──あ、なんでも」
「安心してくださいよ。虹ヶ丘さんに負けないように、俺が七瀬くんを教えるんで」
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