第36話

 曽良島は柳葉に引き寄せられるように席を立ちながらも、翔との会話をやめようとはしない。


「七瀬くんは、旅行で岡山に来たんすか? それとも部活とか?」

「オレは……、人探し、です」


 予想外の答えだったのか、曽良島は翔の顔を見つめて固まった。柳葉も、その続きを期待するように黙っている。

 翔は促されるように続ける。


「昔オレに声をかけてくれた子を、探しに来たんです。もう10年くらい前のことなので、その子も今では高校生くらいだと思うんですけど」

「当ては、あるんすか?」

「ほとんど無いです。『そら』という名前くらいです。昔出会ったのが岡山だったので、ここに探しに来ました」

「だから、俺の名前に反応したんすね!」


 翔は頷いた。曽良島はおどけた様子で自身を指さす。


「もしかして、その子は本当に俺のことだったり?」


 翔は首を横に振った。


「その可能性はほとんどないです。そらちゃんは、オレの記憶が正しければ女の子だったから。ショートカットで男の子寄りの見た目をしていたから、100パーとは言い切れないですけど」


 それに、もう一つの違いとして、影のことがある。そらちゃんは影が無かった。

 だが曽良島は青色の影を持っている。


「うーん、難しいっすねー」


 曽良島は首を傾げる。

 その時、黙って話を聞いていた柳葉が「そういえば」と口を開いた。


「俺たちが保育園に通っていた頃、『そら』っていう名前の女の子がいましたよ」

「本当ですか」


 翔は思わずソファーから立ち上がった。


「昔のことなので定かではないですが。曽良は覚えてないか?」

「うーん、俺は覚えてないなー」

「脳みそ筋肉のお前に聞いた俺がバカだった」


 柳葉が曽良島を指さし、「こいつは物覚えが悪いんです」と翔に説明する。

 曽良島は不服そうに、しかしイジられているということに関してはまんざらでもなさそうに、頬を膨らませる。体格に似合わず、少し女の子らしい。

 柳葉が続ける。


「もし当てがないのなら、明日俺たちと一緒に行動しませんか? あ、もし予定があればそっちを優先してもらって全然いいのですが」


 明日の予定は、うみかぜ公園に行って、そらちゃんの手がかりを探すことだ。

 翔がそのことを柳葉に話すと、彼は「奇遇ですね」と微笑んだ。


「俺たちも明日、うみかぜ公園に行く予定だったんですよ」


 曽良島が「タイムカプセル!」と、会話に割り込んできた。


「タイムカプセル?」

「はい。保育園時代に、みんなでタイムカプセルを埋めたんです。10年後に掘り起こそうって約束で、うみかぜ公園に。ちょうど明日、それを掘り起こしに行く予定だったんです」

「そこに、そらちゃんのヒントがあるかもしれない、と」

「そういうことです。どうですか?」


 翔が考えるより先に、いつもの声が答えを叫んだ。


「行こ!」


 ちょうど柳葉の後ろあたり、女性浴場の出口に姫奈が立っていた。

 部屋に用意されていた茶色の浴衣が、不思議なほどよく似合っている。まだ少し湿った髪をまとめて左肩に置いている。露わになったうなじが不意打ちで目に入ってしまい、翔は胸が詰まるような感覚になった。


「ねえ翔くん、行くわよ」

「──、姫奈、聞いてたのか?」

「盗み聞きしたみたいに言わないでよ。出ようとしたら翔くんが誰かと話してたから、ナンパでもされてるのかと思って、しんぱ、い、はしてないけど! 気になったのよ」

「いや、ナンパはされてないけど……」


 板挟み状態になっていた曽良島は、翔と姫奈を交互に見ながら尋ねた。


「七瀬くんの恋人っすか?」


 それに対して、翔と姫奈の声がピッタリと揃う。


「違います」

「違うわよ」


 曽良島は白い歯を見せて、「仲いいっすね」と笑った。


 こうして翔と姫奈は、偶然旅館で出会った二人の高校生に導かれる形で、そらちゃんという存在へ一歩近づくチャンスを得たのだった。

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