第34話

 それでも、お店を出たら、姫奈はいつも通りの調子に戻った。


「次はあっちのお店に行ってみましょ!」


 翔がまだ日傘をさしていないうちに、姫奈は翔の手を握って走り出す。翔が「ちょっと待って」と声をかけても姫奈は止まらない。まるで犬の散歩のようだ。


 美観地区の綺麗な街並みの中、翔は姫奈に引っ張られて歩き回った。激しく動くので、日傘をさしていても日光を防ぎきることは難しい。いつも以上に日焼けした。だが、忌み嫌っていたはずの日差しが、今となってはそこまで苦にならなくなっていることに気が付いて、自分でも驚いた。


 翔は強引に連れまわされながらも、姫奈の手の感触を確認していた。今日の姫奈の日焼け止めは、ローズマキア。無理しているのを知らせるアクアスキンではない。姫奈があまりにも元気だから、張り切りすぎていないか心配していたのだが、杞憂だったようだ。翔はむしろ、姫奈のことより自分の体力がもつかどうかを心配する羽目になった。



 その後、二人は岡山のスイーツをたらふく堪能し、少し早めに民宿にチェックインした。姫奈が予約してくれた、この近辺で最安の宿だ。

 当然のように相部屋だ。八畳ほどの広さの和室に、畳まれた布団が二組と、ちゃぶ台がポツンと置かれている。

 事前に「節約のために相部屋にするけど、いいわよね?」と説明を受けていて、翔もそれを了承したのだが、いざ部屋に入ってみると想像していたよりも狭くて驚いた。


「はー! 和室いいわねー!」


 ずっと背負っていた大きなリュックを放り投げ、姫奈は畳の上に寝転がる。


「まだ晩御飯まで少し時間があるわね。どうしよっか」

「先にお風呂に入っておく? 明日も早いから」

「そうね!」


 姫奈はリュックが置いてある部屋の隅まで、畳の上を転がりながらやってきた。

 もぞもぞと自分のリュックの中を漁り始める。ちょうど同じようにリュックを開けて入浴の準備をしていた翔のことを、手を扇いで追い払おうとした。


「ちょっと! 私の下着とか入ってるから覗かないでくれる?」

「あ、ごめんごめん」


 翔は自分のリュックを持ち、素早く姫奈がいるのと対角の隅に移動した。


「翔くんも男の子だもんね。気になっちゃうわよねー」

「いや、気にならない」

「ほんとは今、私の着替え、見たかったんでしょ?」

「そんなことない」

「照れちゃって。見たかったって言いなさいよ」

「別に、照れてない。見たくもない」


 覗かないで、と言ったり、見ろと言ったり、女子が考えていることはよく分からない。なんて答えたらいいか分からないから、正直、少し面倒くさい。

 でも、そんなやりとりを楽しいと思ってしまう自分もどこかにいて、そんな自分のこともよく分からないと思った。


 翔は姫奈に背を向けて自分の着替えを取り出し、クローゼットに入っていた備え付けの甚兵衛を取り出して、逃げるように部屋を出た。


 すかさず姫奈が「待てー、逃げるなー」と後ろをついてきて、結局二人は一緒に浴場へ向かうことになった。


 こうして翔の照れ隠しは失敗に終わった。

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