第33話
風に揺れる柳並木に、通りの横を静かに清らかに流れる川。落ち着いた色で統一された、歴史を感じるお店の数々。そのどれもに品の良さを感じる。
だが、そんな景色の中でも姫奈は委縮したり落ち着いたりすることはない。
突然日傘から飛び出して川を覗きこんだと思えば、和菓子の試食に食いついたり。予測不能な動きを繰り返す。
「ねえ見て、翔くん! やっぱ岡山といったらこれよねえ! ねー!」
少し先のお店から姫奈が手を振ってくる。
追いついて店内に入ると、箱積みされたきびだんごが目に入った。他にもいろいろな和菓子があるが、このお店はきびだんごが主力商品らしい。
姫奈が目を輝かせて見ているのは、壁に貼られてるメニュー表。
きびだんごの上にソフトクリームが乗ったパフェが紹介されている。
踊る「限定」の文字。
きびだんごパフェを2つ、注文した。
レジの横には小さなカフェのような空間があり、買った商品を食べられるようになっている。
二人で向かい合って席に着くなり、姫奈はスマホを開き、きびだんごパフェの写真を一枚だけ撮った。そして翔に背を向けるように振り返り、スマホのインカメを使って二人が一緒に映る写真を自撮りした。その写真も、素早く一枚だけ。
何事も無かったかのようにスマホをポケットに戻し、「いただきます」をしてから、カレーでもかきこんでいるかのようにパフェを口いっぱいに頬張る。
「んー! おいしい!」
目をきゅっとつぶり、地団駄を踏む姫奈。幸せそうな彼女の表情を見て、翔も自然と笑顔になった。緩んだ口に、ソフトクリームときびだんごを一緒に運ぶ。モチモチとした食感のきびだんごがソフトクリームの濃厚な甘さを包み込み、口の中が上品な美味しさで満たされる。
「美味いな、これ!」
「でしょ!」
姫奈は合槌を打ちつつも、スプーンを止めない。
「写真は一枚ずつでよかったの?」
「うん! だって写真撮るのももちろん楽しいけど、この美味しさに集中したいから。目の前にある幸せを大切にする! それが私!」
そう言いながら、姫奈は再びパフェを食べ進める。
やりたいことをやって、言いたいことを言う。姫奈はいつもそうだ。
翔も姫奈に倣って、自分に正直にパフェと向き合ってみることにした。
二人で黙々とスプーンを動かし、時には他愛もない会話を挟みながら、翔のパフェは最後の一口分を残すのみとなった。
だがその時、目の前からレーザーのように鋭い視線を感じた。
姫奈が見ている。ポカンと口を開け、目の焦点は翔の残り一口分のパフェに集中している。獲物を狙う動物の目つきだ。
「なに? どうした?」
怯んだ翔は、きびだんごが乗ったスプーンを止める。
姫奈は翔にだけ聞こえる小さな拍手でリズムを取り始める。
「かーけるさん、かけるさん、のーこーりーのきびだんごー、一つ、私に、くださいなー」
無理やり歌詞を当てているから、リズムがバラバラだ。
「ひどい歌だ」
「失礼ね。一口ちょうだいよ」
「一口、って……。交換とかなら分かるけど」
もちろん、姫奈の器はすでに空っぽだ。
「一口くれたら、私が翔くんの仲間になってあげるワン!」
唐突に、姫奈は両手を頭に添え、元気な耳を作った。桃太郎に出てくる犬の真似らしい。
食のことになると姫奈は譲らない。翔はそれを知っているから、仕方なく、スプーンに乗った最後の一口を姫奈の口に運んであげた。
「んー! 美味しいわん!」
頬に手を当て、姫奈はとびきりの笑顔を見せる。
姫奈が笑顔になってくれたから、良しとするか──そう思おうとした翔だが、あることに気が付いてしまった。
「スプーン、オレのだったけど……」
「……あ」
つい勢いで、翔たちは間接キスをしてしまったのだ。
姫奈の満面の笑みは瞬く間に硬直し、頬は文字通り桃色に染まり始めた。
「……言うな、ばか」
「いやだって、今のは姫奈が──」
「ばかばかっ!」
翔は間接キスなどしたことがなかったし、したいなんて思ったこともなかったから、それがどの程度ハードルの高い行為かということを理解していなかった。
気づいてしまったばかりに、翔はしばらく姫奈に両肩をぽこぽこ叩かれ続けたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます