そらちゃんの影

第32話

「わー! すごいわねー!」


 新幹線で、二人掛けシートの隣の席に乗った姫奈は、車窓から見える景色を眺めながら足をばたつかせて子供みたいにはしゃいでいる。

 今日の姫奈は、ホットパンツに黒のニーハイソックスを合わせたコーディネートだから、それも相まって制服のときより余計に幼く見えてしまう。


「姫奈落ち着いて」

「あ、あれ富士山じゃない⁉」


 姫奈は翔の制止に全く耳を貸さず、遠くに見える山を指さす。


「……富士山、なのか?」


 翔にはそれが何山か分からないし、確かめる術も持ち合わせていない。だが、楽しそうに笑う姫奈の横顔を見て、それが富士山であればいいな、とひそかに思った。


 旅の日程は、姫奈が考えてくれた。

 1日目は、昼過ぎに岡山の中心地・倉敷に着き、そこからひたすら観光をする予定だ。ホテルのチェックインは夕方以降。たっぷり寝て、2日目から本格的にそらちゃんの情報収集を行う。ちなみにホテルの予約や行きたい観光地のピックアップも、全部姫奈がやってくれた。翔は、無理しないでくれ、と伝えたのだが、とにかく私の行きたいところに行かなきゃ気が済まない、と言って聞かなかった。

 姫奈曰く、やりたいことを全部やった後に本腰を入れて調査を始める算段らしい。



 10年以上ぶりに、翔は岡山に降り立った。


「晴れの国」と言われるだけあって、東京よりも日差しが強い気がする。

 翔は駅から出るなり、すかさず折り畳み日傘をさす。

 すると姫奈は当然のように、翔の隣にぴたりとくっついた。翔は何も言わず、傘をほんの少しだけ、姫奈の方に傾けた。


 夏真っ盛りといった暑さで、歩き始めてすぐに汗をかき始めた。こんな晴れた日に観光地を巡ることを早くも後悔し始めたが、湿度が低いせいか爽やかな空気が心地よく、日傘からはみ出してしまった左手に日光が直撃してしまっていることも、悪くないかもしれないと思った。


 美観地区に来るのは保育園の頃以来だ。

 前回来た時も、子供ながらにその景色を美しいと感じたことを覚えているが、高校生になった今は一つ一つのパーツがよりくっきりと見えるようになった気がして、余計に美しく感じた。


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