第27話
「——それで三人が仲良くなれたってわけね。ふーん、よかったじゃない」
ベッドから上体を起こした姫奈は、翔の話を聞くなり唇を尖らせた。
放課後。バイトに行く前に姫奈のお見舞いに来た翔は、今日の昼休みにあった出来事について姫奈に話さずにはいられなかったのだ。
三人で学校の中庭のベンチに座ってパンを食べたこと。
翔が哲太のことを「てったし」と呼ぶから、みみちゃんは哲太の本名が「てったし」だと勘違いして、ずっと「てったしさん」と呼び続けていたこと。
みみちゃんが飼っているペットのうさぎの話で盛り上がったこと。
姫奈と二人で過ごす時間とは違った楽しさがあって、翔にとっては新鮮な思い出となった。
話しながら熱っぽくなっていく翔の口調とは対照的に、姫奈の口調は先ほどから冷ややかなものだ。
「いいわねー、三人だけ楽しそうで」
姫奈はそっぽを向いてしまった。
「……私も、そこにいたかったのに」
翔は自分のポケットから、みみちゃんにもらったストラップを二つ取り出した。そのうちの一方を、そっぽを向いてしまった姫奈の頬近くでちらつかせてみる。
慰めようとしたつもりだった。
すると姫奈は、動くものに反応する猫みたいに、こちらを振り向いた。
「なにこれ可愛い!」
「みみちゃんがくれた」
「私に?」
「うん、オレと姫奈に。もふもふを触ると元気になるから、って」
姫奈の口元がふっと緩んだ。そして、これまた猫のように、そのストラップに軽く頬ずりし始めた。いや、もうほとんど翔の手に頬を擦り付けている。
「ひ、姫奈……?」
ストラップを持ったまま固まる翔の手を、姫奈の柔らかな髪がくすぐる。
やがて姫奈は翔の指を優しくほどき、ストラップを手中に収めた。
「イエーイ、お揃い!」
乾杯の要領で、姫奈は自分のストラップを翔のストラップに近付ける。
ドギマギしつつも、翔はその乾杯に応じた。
「姫奈が元気でよかった」
「というか、私はもうとっくに元気なんだけど! まったく、早く退院したいわ」
姫奈は「あー!」と退屈そうに脚をバタバタさせる。
「また倒れたら困るから、今はしっかり治すんだ。岡山の費用も順調に貯まってきてるし」
「あ! そういえばさ、」
姫奈はバタ足を止め、翔の顔を見た。
「岡山に行って何するかとか、どこに行くかとか、そろそろ考え始めなきゃよね」
「ああ、そのことだけど——」
岡山に行くことが決まってから、翔はそらちゃんについての情報収集を続けている。
といっても、ヒントは少ない。
下の名前が「そら」だということ。だけど文字で見たわけじゃないから、どういう漢字を当てるのかは分からない。
それと、ボーイッシュなショートカットで、日焼けした子だったということ。
翔の幼い頃の記憶だから、誤りがあるかもしれない。それに、日焼けしたショートカットの女子児童なんて決して珍しくないから、あまり参考にはならない。
もう一つのヒントは、そらちゃんと出会った場所だ。
そこは、海が見える不思議な公園だった。心地よい潮風が吹いていて、時間がゆっくり流れているような感覚がしたのを、翔は今でも覚えている。
その公園の名前が思い出せなくて、ここのところずっと調べていた。
そこしか意味のある目的地が無かったというのもそうだが、せっかくだから再びそこへ行ってみたいという個人的な欲もあった。最近は、自分の自由な時間に、そればかり調べていた。
そして、その公園をインターネットのマップ機能で見つけたのは、つい昨日のことだった。
「うみかぜ公園」
翔はつぶやいた。姫奈も「……うみかぜ、公園」と、その名前を繰り返して発音する。
「じゃあ、そこに行ってみましょ!」
こうして、うみかぜ公園に行くことが決まった。
「他に行きたい場所があれば、また追加していこうよ!」
「また何か思い出したことがあれば、教える」
そのとき、病室の向こうから、姫奈の名前を呼ぶ女性の声が聞こえた。
「あ、夕食の時間みたい」
なぜか苦虫を噛み殺したような顔をする姫奈。
「なんで嫌そうな顔してんの?」
「だって病院のご飯って、味が薄くて量も少ないんだもん。罰ゲームみたいでヤダ、ケーキ食べたい」
「あとちょっとの我慢だ。退院したらケーキでも食べに行こう」
姫奈は「翔くんが言うなら、しょうがないわね」と、ため息交じりに言った。
ひとまず姫奈が落ち着いたことを確認し、翔は姫奈に小さく手を振った。
「オレはそろそろ帰るよ」
「うん、ありがとう。またね」
ちょうど食事を運んできた看護師さんと入れ替わりになる形で、翔は病室を出た。
扉を閉め、影を見る。今日もそこには何も無かった。
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