第26話

 目のところにいちごジャムが塗ってある、うさぎ型のパンだった。

 翔はそれを無事に持ち帰ることができた。みみちゃんに手渡そうとすると、片方の手に既にうさぎジャムパンがあった。しかも目の色が違うバージョンだ。


「被ってしまいましたか」


 哲太だ。彼は翔が戻って来るよりも先に、お目当ての品をゲットして戻って来ていたのだ。哲太は翔にもパンを1つ渡した。サバカツサンドだった。翔は塩サバが大好きだから、それを踏まえてのチョイスだったのだろう。

 咄嗟にそれを選択した哲太に、翔は頭が上がらなかった。


「哲太氏には負けますね」


 そして翔は、自分が買ってきたうさぎジャムパンをみみちゃんに手渡した。2つ目だというのに、みみちゃんはそれを両手で大切そうに受け取ってくれた。


「ありがとう、なのっ! 念願が叶ったのっ!」


 みみちゃんは心底嬉しそうな顔でパンを胸に抱き、深々と頭を下げた。頭を上げて目が合うと、彼女は何かを思い出したように「そうだ」と言った。


「七瀬くんに、渡すものがあったの」


 彼女が制服のスカートのポケットから取り出したのは、白くて丸い、綿のような球がついたストラップだった。背を丸めたうさぎにそっくりなものだ。しかも、それが2つ。


「あげるの」


 勇気を振り絞っているのが、彼女の手の微かな震えから見て取れる。受け取ると、ずっとポケットに入っていたのか、温もりがまだ残っていた。


「でもどうして、これをオレに?」


 翔が尋ねると、みみちゃんは目線を下の方に泳がせた。


「疲れてるかもって、思ったの。最近の七瀬くん」


 みみちゃんは翔の反応を窺うように目線を上げたが、すぐに「気のせいなら、いいの」と何度も首を振った。


「いや、たぶん気のせいじゃないよ。さっき哲太氏にも同じことを言われた」

「そうなの?」


 みみちゃんが哲太を見る。哲太は専門家のような顔で頷いた。


 認めたくはないが、近しい関係の二人が口をそろえて言うということは、そうなんだろう。でも、どうしてだろう。たしかに最近は姫奈に代わってバイトに入っているが、肉体的な疲労感はまるでない。毎日ちゃんと寝ているし、ご飯だって普通に食べている。

 それなのに。

 思い当る節があるとすれば、それはもう姫奈しかない。新学年が始まってからずっと隣にいた姫奈が急に離れて、調子が狂ったのだ。授業中たまに集中力が切れたとき、ふと姫奈の顔を思い浮かべてしまう。

 つくづく迷惑な人だな、と思う。


「それ、もう一つは姫奈ちゃんにあげてほしいの」


 みみちゃんは先ほどのストラップを指さした。


「もふもふを触ると、元気になるの。だから、元気になってほしいの」


「ありがとう、みみちゃん」


 みみちゃんは、今度は申し訳なさそうな顔で哲太を見た。


「哲太氏さん、ごめんなさいなの。哲太氏さんの分のストラップは用意してなくて……」


「ああ、お気になさらず」


「でも、パンを買ってきてもらったお礼はしたいの」


「あの! それなら——」


 哲太が声をこわばらせながら言う。


「さ、三人で一緒に、パンを食べるのは、いかがでしょうか!」


 みみちゃんは「ふわー」と微笑んで、嬉しそうに頷いた。

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