第25話
パンの購買は、昼休みの時間限定で生徒玄関に出店している。
そこでは大勢の生徒たちが、養蜂場の蜜蜂のように購買に群がっていた。列らしい列は無い。とにかく前にいる人がパンを買うことが出来るというサバイバルルール。お弁当を忘れた人にとっては、ここでパンを買えるか買えないかが午後の活動の分水嶺になるため、皆目が血走っている。
そして彼らの足元では、赤や青のいくつもの影が混ざり合い、まるで炎が激しく燃えているようなグラデーションを形成していた。翔は少し気持ち悪くなりそうだった。
久しぶりに来た二人は、その輪の外側で思わず立ち止まった。
「オレたちが前に来た時って、こんなに激しかったですっけ?」
「さあ、もう随分前のことですから、はっきりとは。しかし、ここにはいつも競争がある。それだけは変わりません。翔氏は、ここで待っていてください。いざ、尋常に参ります」
「あ、待ってください哲太氏」
輪の中に切り込んでいこうとする哲太を、翔は慌てて止めた。
「どうしました?」
購買がある中心地点からかなり離れた下駄箱のところに、翔はある人物を見つけたのだ。
みみちゃんだ。人の輪から押し出されてしまったのか、瞳を潤わせながら肩を落としている。
翔と哲太はみみちゃんの元へ駆けつけた。
「みみちゃん」
翔が声をかけると、みみちゃんは顔を上げた。
「大丈夫? どうした?」
「……あ、七瀬くん。あれ、欲しいけど、入れないの」
みみちゃんは購買の方を指さす。A4くらいの紙に、本日限定で発売されているパンを紹介するポップが飾られている。
翔はすぐに、みみちゃんが何を欲しているのかわかった。
「うさぎジャムパン?」
翔が尋ねると、みみちゃんはコクンと頷いた。
「月1回の限定商品なの。でも、これじゃ買えないの……」
小柄なみみちゃんにとって、この競争はあまりに過酷だ。
「みみちゃんはここで待ってて。絶対買ってくる」
翔は長袖シャツの袖をまくった。
「……え、いいの?」
「もちろん」
翔の隣でそのやりとりを聞いていた哲太は、すぐに作戦指示を出した。
「小生は、自分と翔氏のパンを買います。翔氏は、みみちゃん氏のうさぎジャムパンに集中してください」
「分かった」
「しかしうさぎジャムパンがどこに陳列されているかは分かりません。小生も狙っていきます」
「よし」
「いざ!」
そして二人は嵐の中に飛び込んだ。
クラスや学年の皆には持ち前のイケメンフェイスで一目置かれている翔だが、この渦中では翔のことを気に掛ける人はいない。皆パンのことしか見えていない。まるで戦場だ。欲しいものは自力で勝ち取るしかない。
翔は人混みが苦手だ。だが、そうは言ってられない。みみちゃんとの約束を果たすために。
腹を括る。そうすると、人混みの中に光さす一筋の道が見えた気がした。それに沿って進み、うさぎジャムパンポップの下へ手を伸ばす。大きい声を出すのは苦手だが、周りにかき消されないように精一杯声を張った。
「すみません! うさぎジャムパン一つください!」
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