第22話

「お医者さんは、姫奈にはこれから一週間入院してもらうって言ってた。バイトもしばらく控えるように、って。岡山に行くのはまた今度だな」


「何言ってるの? 行くに決まってるじゃない」


「姫奈の方こそ何言ってるんだ。無理したらまた入院だろ」


 翔は思わず険しい顔を姫奈に近づける。

 姫奈は「でもぉ……」と頬を膨らませる。


「もう絶対無理しないから!」


「さっきと言ってること違くないか?」


「お願い! もう行くって決めたことじゃない。私のせいで行けなくなるのは絶対に嫌なの」


 姫奈は手を合わせる。

 翔は腕組みして考える。また来年、という選択肢もある。しかし姫奈はそんなの許さないだろう。貴重な「今」という瞬間を逃してしまうことを嫌うだろう。

 翔一人で行くのも、姫奈が納得するはずない。


「岡山に行くことは、姫奈の幸せになるか?」


 姫奈は翔の目をじっと見つめてから、深く頷いた。

 そんな姫奈を見て、翔は決めた。


「やっぱり行こう、二人で」


 姫奈の顔がパッと明るくなる。目を輝かせながら「ありがとう!」と声を張った。


「ただ、」翔は人差し指を立てて忠告する。

「無理は禁物。絶対。姫奈が入院している間はオレが代わりにバイト入って稼ぐから、ちゃんと体調を万全にしてから退院すること」


 説教される子供みたいに姫奈は頷いたが、「でも」と口を開いた。


「生活費を稼ぐにはバイトしないといけないから、退院したら働かないと。もうこんな風にはならないように気を付けるけど、どのみち私は、休んでばかりはいられないのよ」


「それならオレが常に姫奈の隣にいて、無理しないか見守る。それでいい?」


 翔はもう、目の前で姫奈が倒れるところを見たくなかった。

 姫奈は手を首筋に添えながら頷く。白かった頬は、ほんのりと桃色に染まっていた。


「い、家にも来るわけ……?」


「いや、さすがにそこまでは行かない」


「え⁉ なんで?」

 なぜか眉をハの字にして翔を見上げる姫奈。

「それじゃいつもと変わらないじゃない」


「ほんとだ」


「翔くんて、意外と天然?」


「うるさい」


 姫奈は吹き出すように笑った。

 いじられることに慣れていない翔は、姫奈の冗談に対してほんの少しだけ腹が立ちそうになった。だがそれは、もちろん本気の怒りではなく、自分の思い通りに動いてくれない動物を愛らしく思うような気持ちに似ていた。


 だから翔も、少し意地悪をしてみたくなった。咄嗟に思いついたものだが、これはなかなかに実用的な方法だ。


「姫奈のカバンの中に、日焼け止め入ってる?」


「うん」

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