第21話

「私は生まれてからずっと、独りで生きてきたのよ。父親はいない。母親は、昔別れた男に今でも執着があって、私をいつもほったらかしにするの。何日も家を空けてホテルに泊まり込むから、その間、私はずっと独り。家に帰っても誰もいないのよ」


 姫奈は「めちゃくちゃよね」と、疲れ切った笑みを浮かべる。


「家に帰ってきても私に興味がない感じだし、私も口を利かない。一応あの人、バイトはしてるんだけど、稼いだお金は全部男のために使っちゃうのよ。ありえないでしょ? だから私は、ほとんど一人で暮らしてる」


 だからかと、翔は納得した。

 初めてのまかないを食べているとき、翔が言った「そんなに食べたら、家に帰って晩ご飯が食べれなくなるぞ」という言葉に、姫奈の笑顔が引きつった理由が分かった。

 家に帰っても誰もいないからだ。


「一人で生きるにはお金が必要だから、ラブラビでバイトしてるってわけ。でもさ、そういうのを理由に普通の女子高生を諦めたくないじゃない。せっかくの貴重な三年間の高校生活、私は余す事なく楽しみたいの。親に足引っ張られたくないし、言い訳にもしたくない。だから、何としてでも幸せになる。ゼッタイ。そう決めてるから」


 いつの間にか、姫奈の視線は翔を捉えていた。目の奥には、黒くて強い光が宿っている。


「これが私よ。今回はこんな風になっちゃったけど、生き方を変えるつもりはないから」


 決意に満ちた姫奈の顔は、心なしかいつもより大人びて見える。

 翔は、彼女の覚悟の重さを思い知った。思わず目を背けそうになる。しかし逃げずに姫奈の目を見据える。自分から話すのを促しておいて、その覚悟を受け止めないわけにはいかないと思った。


「話してくれてありがとう」


 姫奈は首を横に振った。


「あそこまで言われたら、話さないわけにはいかないでしょ?」


「オレ、なんて言ったっけ?」


 ふと冷静になり、自分がさっき言ったことを思い出す。


——オレは、少なくとも興味が無いわけじゃない子が、目の前で無理しているのを見たくない。見て見ぬふりするのはもっと嫌だ。


 そして頬が次第に熱を持ち始める。


「──あ、オレがさっき言ったこと、他の人には言わないで……」


「ふふっ、どうしよっかなー?」


 姫奈はいつもの小悪魔顔に戻っていた。


「そらちゃんも知らない秘密ができちゃったわねぇ」


「う……」


「冗談よ。お互いの秘密は守りましょ」


 楽しそうに目を細める姫奈。

 少しはいつもの調子を取り戻したように見えて、翔はほっと胸を撫で下ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る