第18話

 そして、いつもの駅前。

 姫奈といつも通り手を振って別れる時、暗闇に消えている華奢な背中を見て、翔はなぜか彼女が手の届かないところへ行ってしまいそうな気がした。


「姫奈!」


 呼び止めると、姫奈は振り向いた。


「オレでよかったら、なんでも話聞く。何かあるなら言って」


「急にどうしたの?」


 しかし姫奈は、翔に何か言わせる隙を与えてくれなかった。


「私は、何も無いよ」


 それだけ言い残し、「バイバイ」と手を振り帰っていく。

 引き止めたい。だが、なんて声を掛けたらいいのか分からない。

 そのまま姫奈は人々の影の中に溶け込んでいってしまった。


 去り際に見せた儚げな表情が、翔の脳裏に鮮明に焼き付いてしまった。

 翔は振り返した手を下げ、強く握る。悔しい。こんな自分でも少しは人と親しくなれた気がしていた。だが姫奈は心を開いてなどいなかったのだ。

 姫奈のことをもっと知る必要がある。いや、知りたい。そうでなければ、岡山に行くことはできても、そらちゃんを見つけることはできない。

 どこにいるか分からない彼女を見つけるには、姫奈との協力が不可欠だ。


 どうすれば、もっと姫奈の懐に入り込むことができるだろうか。

 翌日以降も、働きながら考えていたが答えは出ず。気付いたら週末のフルタイム労働を終え、くたくたになっていた。

 翔がこんなに長時間働いたのは人生初だった。それに、無機物大好き人間の翔にとっては、不特定多数の人間を立て続けに相手にすることは想像以上にハードだった。日曜日の終わりには、会話能力を司る脳の回路がショート寸前だった。


 そんな翔とは対照的に、姫奈は疲れた素振りを全く見せず、いつも通り活発だった。接客もキッチン作業も難なくこなし、バイト仲間とも笑顔で話し、大盛りのまかないを食べて帰る日々。


 杞憂だったのかもしれない。自分の仕事で手一杯だったこともあるが、姫奈に対する漠然とした心配はかなり薄まっていた。


 しかし、そんな矢先に事件は起きた。

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