第16話
翔がお店に着いた頃には、締め作業や片付けは既に終えられていた。
「あ、翔くん戻ってきた! もうすぐ『まかない』だから、そこ座ってて」
姫奈がテーブル席を指さす。
その中央には、直径が翔の肩幅くらいありそうなホールケーキが鎮座している。ホイップクリームの上には色とりどりのフルーツが飾られ、まるで宝石の山みたいだ。
「姫奈ちゃん、人数分のお皿とフォークを用意してくれる? 私はティーを淹れるから」
「はーい! ケーキケーキ!」
華麗なステップを踏みながら配膳を行う姫奈は、クリスマスに張り切る子供のようだ。
翔は呆気に取られて立ち尽くしている。
「あの、今日は誰かの誕生日なんですか? オレは何を用意したら?」
翔の問いに対し、姫奈は吹き出すように笑う。
「それが今日のまかないだよー」
「え」
恭子さんがティーカップをテーブルに運びに来た。
「それは姫奈ちゃんの大好きな、私の特製ケーキ。今日は月に一回の、姫奈ちゃんのためのスペシャルデーなのよ!」
「恭子さんラブ!」
姫奈は恭子さんに抱きついた。
まさか人生初のまかないがケーキだなんて、翔は思ってもみなかった。だけど、自分の初出勤を祝ってくれているようにも感じられ、嬉しく思った。
「恭子さん、いっただっきまーす!」
「いただきます」
ケーキの中は重めのカスタードクリームが塗られており、フルーツもふんだんに詰め込まれていた。翔は4分の1を食べてすぐ満腹になった。
「ごちそうさまでした。満腹すぎて、オレ幸せです」
「さすがに30歳を過ぎると、胃もたれが……」
恭子さんは8分の1を食べてギブアップ。もう一切れの自分の分は冷蔵庫に仕舞った。
「それにしても、姫奈ちゃんは、今日も相変わらず凄いわね……」
「恭子さん、今日もめっちゃ美味しかったよ! ごちそうさま!」
フォークを置いた姫奈は、満足この上なしといった顔で手を合わせる。
なんと、一人でホールケーキの半分を平らげてしまった。
「結構重量あったと思うけど……」
「デザートは別腹って言うじゃん? 女子高生のお腹、ナメるなよ?」
翔は妖怪を見たかのように、恐る恐る恭子さんに尋ねる。
「姫奈はいつもこんな感じですか?」
「そうよ、この前は作りすぎたカレーを一人で一キロくらい食べてたわねー」
恭子さんは平然とした口調で言った。
「姫奈ちゃんの食べっぷりに、私はいつも元気もらってるのよ」
「ううん。私こそ、恭子さんのケーキにいつも幸せもらってる! 毎月この日を楽しみにしてるんだから。本当にありがとう」
翔は、みみちゃんが言っていたことを思い出した。
——姫奈ちゃん、いつも無理しちゃうから、心配で。私が『大丈夫?』って聞いても、絶対に『大丈夫!』としか言わないの。
それが姫奈の大食いのことを言い表していたのだとしたら納得だ。
「そんなに食べたら、家に帰って晩ご飯が食べれなくなるぞ」
少しふざけて注意したつもりだった。
「……」
だがその一言に対し、姫奈は一瞬、笑顔を引きつらせた。
——なんだ、今の?
しかし取り繕うように、またいつも通りの笑顔に戻った。
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