第14話

 そして、そろそろ駅に着こうかという時に、みみちゃんは「実は」と話を切り出した。


「私、七瀬くんのことを噂で聞いてたの」


「オレの噂?」


「そうなの。……怖い人だって、噂されてたの」


「オレ怖い?」


「わ、私はそうは思わないの!」


 軽く訊いたつもりだったが、みみちゃんは全速力で首を横に振って否定してくれた。


「……でも、告白しても絶対に断られるっていう噂が、私のクラスで広まってたの。泣かされた子もいるみたいで、怖いって思う人が増えたみたいなの」


 翔は喉の奥に小石が詰まったような感覚になった。怖いという噂はさておき、告白してきた子を泣かしてしまったことがあるのは、紛れもない事実だ。

 否定することも出来ず、翔はみみちゃんにその事実を伝えた。

 しかし、みみちゃんは「七瀬くんは、優しいと思うの」と首を振る。


 翔は正直に、みみちゃんに尋ねた。

「オレの、どこが優しいんだ?」

 よく分からなかったので、反射的に尋ねていた。尋ねてから、これではまたみみちゃんを困らせてしまうと思ったが、みみちゃんは迷いなく答えた。


「人見知りの私と、お話してくれること、なの」


「それが、優しい?」


 みみちゃんは「はい」と頷いた。


「私、高校生になってから、こんなに男の子と話したの、初めてなの」


「そうなのか」


「周りの女の子が、男の子と付き合うようになって、私、焦ってるの。今まで全然そういうの無かったから、私も早く彼氏つくらなきゃって。でも、男の子と何を喋ったらいいのか分からなくて、全然ダメで……」


 角度こそ違えど、みみちゃんの気持ちは翔にも分かる気がした。翔はそらちゃんを忘れられなくて恋に踏み出さないわけだが、周りの恋愛事情をプレッシャーに感じないわけではない。


「でも七瀬くんは、こんな私にも話しかけてくれて、優しいと思ったの」


「優しい、か……」


 翔はその言葉を咀嚼する。一口に優しさといっても、それには色々な味があることを翔は知っている。


 翔の頭に浮かんできたのは、哲太だった。

 彼も彼で、優しさを持っている。彼は、イケメン呼ばわりされて何かと特別視される翔に対し、他の人と平等に接してくれる。彼は全ての人に対して敬語で話す。翔に対しても、いくら仲良くなっても敬語を崩さない。人によっては堅苦しくて距離を感じてしまうかもしれないが、翔はそれを彼の優しさだと思っている。

 また、中学生の頃、人見知りの翔にいろいろな電車の話をしてくれたのも哲太だった。もともと電車が好きだった翔は、哲太と電車の話をするのが楽しみで、どんな嫌なことがあっても休まず学校に通うことができた。


 みみちゃんは「ちょっと安心したの」とつぶやいた。

 無理もない。男子と接する機会が少ない小柄なみみちゃんからしたら、男子なんてみんな脳の無いゴリラのようなものだろう。姫奈のように活発で社交性がある人じゃなければ、怖いと思っても仕方ない。


「みみちゃんは焦らなくてもいいと思う」


 翔は言った。みみちゃんは翔の方を向き、次の言葉を待つ。


「みみちゃん、本当は男の人と付き合いたいって思ってないんでしょ?」


 みみちゃんは、はっと息を飲んだ。どうやら図星だったらしい。

 それもそのはず、翔はラブラビの店内で、みみちゃんの影を見ていたのだ。

 みみちゃんの影は、青と白を1対10の割合で混ぜたような、極端に薄い青色だった。それはすなわち、異性に対する興味関心の無さを表していた。


「……本当は、誰かとお付き合いしたいって、思ってないの」


 絞り出すように、みみちゃんは続ける。


「周りの子に合わせようとしてただけなの。本当は、うさぎと過ごせれば、それでいいの。ラブラビを選んだのも、男の人と話せるように練習したい気持ちもあったんだけど、一番は、うさぎが大好きだったからなの」


「だと思った」


「……変、なの?」


「変じゃない。みみちゃん、うさぎと遊んでるときが一番楽しそうだった。無理に周りに合わせようとしなくても、いいと思う」


 みみちゃんは大きく頷いた。


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