第13話
姫奈の意図は何だったんだろうか。
夜道を歩きながら、翔の頭の中は姫奈に支配されていた。
翔が覚えているのは、二人を送り出したときの姫奈の表情だった。親が子を学校に送り出すときのような、達観したような、大人びた顔をしていた。明るい言葉の裏に本心を隠しているように思えてしまった。
翔が誰かに恋をするのを見届けたい、と姫奈は言っていたから、翔とみみちゃんを付き合わせようとしているのだろうか。いや、彼女はそらちゃんの話を知っているし、岡山に行く話もあるから、そんなことは今更しないだろう。
考えすぎだろうか。
しかしよくよく考えてみると、新学年が始まって2ヶ月以上姫奈の側にいるにも関わらず、未だに分からないことは多い。
なぜ姫奈は、翔が誰かを好きになることを願うのか。
なぜ翔のそらちゃん探しに付き合ってくれるのか。
なぜアルバイトをしているのか。
放っておけば無限に沸いてきそうな疑問たちを、翔は首を振って払い落とす。
いま隣にいるのは、みみちゃんだ。みみちゃんを無事に駅まで送り届けるという責務を全うしなくては。
それにしても、みみちゃんは先ほどから全く喋らない。時折なにか喋ろうとしてくれているのか、息を吸う発声の予備動作が行われているのを感じるが、結局全部飲み込んでしまう。
徒歩で十数分のはずの駅が、途方もなく遠くに感じる。
気まずい。だが、みみちゃんの方から話しかけてくる可能性は限りなくゼロに近いので、こちらから話しかけないことには何も始まらない。
翔は話を切り出すことにした。
「今日は、いろいろ教えてくれてありがとう」
みみちゃんは大袈裟に首を振る。
「──、あ、ううん! わ、私は何もしてないの」
「そんなことない。オレ、みみちゃんのおかげで、うさぎに詳しくなれた」
みみちゃんは今日のバイト中、翔にうさぎの種類や抱っこの仕方を教えてくれた。何の予備知識も無かった翔だったが、みみちゃんの教え方が丁寧だったおかげで、かなりうさぎに懐かれた。
無機物が好きだった翔だが、温かいうさぎを抱きながら動物の良さを身に沁みて感じていたのだ。
「オレはホーランドロップが好きかもって思った」
隣でみみちゃんが、はっと大きく息を吸う音が聞こえた。そして今まで喋れなかった分の息も全て吐き出すように話し始める。
「ほ、ホーランドロップは、甘えん坊な性格なの。賢くて、飼い主にすごく懐きやすいの」
「そういえば、今日オレについて回ってたのもホーランドロップ?」
「そう、そうなの。七瀬くん、とても懐かれてたの」
みみちゃんは小さく笑う。プレイスペースで翔がうさぎを構ったとき、あまりに翔の事を気に入ったのか、カフェスペースにまで侵入しようとしてきたホーランドロップが一匹いた。みみちゃんはそれを思い出したのだろう。
「でも、うさぎの性格は関係ないと思うの。うさぎが懐いたのは、七瀬くんが優しく接してあげたからなの。うさぎたちも喜んでたの」
お世辞を言っているわけではないんだろうけど、彼女なりにフォローしてくれているのが伝わってくる。だが翔は素直に、うさぎ慣れしている彼女に褒められたことが嬉しいと思った。
「みみちゃん、ありがとう。オレ、今日楽しかったし、これからもラブラビでバイトするのが楽しみになった」
みみちゃんは、「ふわー」と嬉しそうな声をもらした。
「——よかった。よかったの。これからも一緒に働いてくれるなんて。……う、嬉しい」
みみちゃんはしばらく、歩きながら「ふわー」と喜びをかみしめていた。
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