第11話
カウンター裏に回り、奥に進んだところがバックヤードになっていた。着替え用の空き部屋があり、翔はそこでお店のエプロンに着替えた。
すぐにお客さんが来たので、恭子さんとみみちゃんはお客さん対応を始め、翔はキッチンで姫奈に仕事を教わることになった。
今の翔に出来ることは、簡単なメニューを作ることだけだ。ドリンクをカップに注ぎ、ケーキなどのすぐ出せるフードメニューをお皿に盛りつける。始めのうちはそれを繰り返し、メニューの種類を覚えていくのだとか。
来客数自体はそれほど多くなく、長居する人が多い。お客さんはほぼ全員女性で、年齢層は幅広い。仕事帰りのOLもいれば、近所の常連おばあちゃんもいる。カフェスペースでくつろぎ、プレイスペースでうさぎと戯れる。これの繰り返し。
だから仕事にも余裕ができ、翔も注文された品をサーブしに行ったり、うさぎのことについて、みみちゃんに教わりに行く羽目になった。できるだけ人と接することなくキッチンに居たいと思っていたが、姫奈がそうさせてくれなかった。
若い女性客は皆、新人の翔に対して声を上擦らせながら、
「いつから働いているんですか?」「また来ますね」
と積極的に話しかけてきた。
皆、悪い人ではない。だが、人と話すのに慣れていない翔にとって、不特定多数の初対面の人を相手にするのは、正直気が滅入った。
だが、そんな翔をかばうかのように、翔よりも人気を集めている人がいた。
みみちゃんだった。お客さんの中にはオプションで、うさぎを抱くみみちゃんの写真を撮る人もいれば、みみちゃんへのプレゼントとして自家栽培のニンジンを持って来る人もいた。
みみちゃんは言葉数こそ少ないものの、一つ一つの注文に対して丁寧に答えていた。
恭子さん曰く、このお店の人気を支えているのは、みみちゃんの頑張りがとても大きいのだそう。アルバイトを始めた当初は、気さくな恭子さんとすらまともな会話ができず、接客も全くダメで、閉店してから「ごめんなさい」と泣き出してしまうほどの人見知りだった。もはや対人恐怖症と言ってもいいレベルだったとか。
だが、うさぎ好きを活かした「うさぎトーク」が好評で、固定ファンを増やしていき、それに伴って対人恐怖症も改善していったのだという。
みみちゃんがラブラビでアルバイトを始めたのも、うさぎが好きだからだそうだ。翔は、姫奈がみみちゃんをラブラビに連れて来たのだと思っていたが、そうではなく、みみちゃんは一人で、自分の意思でラブラビのバイトを始めたらしい。姫奈は、みみちゃんから仕事を教わったのだ。
「同級生だけど、すごい先輩なのよ」
姫奈にそう紹介され、お皿洗いをしていた翔は、厨房で接客中のみみちゃんを見た。ネザーランドドワーフのように小さな彼女の背中が、少しだけ大きく見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます