第8話

「一緒にバイトをするわよ!」


 翌日。昨日と同じ公園の東屋で、二人は隣り合って座り、岡山遠征の作戦会議をしていた。

 まずは旅費を集めるところから始めたのだが、二人の貯金を確かめたところ、二人合わせても1万円に満たなかったのだ。

 そこで姫奈は、翔にアルバイトを勧めたのだった。


 ちなみに翔たちが通う学校では、アルバイトは禁止されていない。親と先生の同意があれば、常識の範囲内で働くことができる。


「バイトをして、8月1日までに旅費を貯めるの!」


「なぜ8月1日?」


 翔が首を傾げると、姫奈は呆れた様子でため息をついた。


「夏休みが始まるからよ。長期休み中なら岡山をゆっくり見れるでしょ?」


 昨日急に決まった岡山行きなので、どれくらいの時間滞在するかを翔は全く考えられていなかった。行くとしても二泊三日くらいだと思っていたので、姫奈が割と長期滞在するつもりのような口ぶりだったことに驚いた。


「どれくらい岡山にいるつもり?」


「一週間くらい居れば、ある程度そらちゃん探しも捗ると思うわ。それでも見つけられなければ、違う県に行ってみるか、宿を延長すればいいと思うの」


「そんな簡単に……。そもそも、姫奈はそんなに長い間、外出しても大丈夫なのか? 家族に心配されたり──」


「全然大丈夫! うちは放任主義だから」


 食い気味に答えながら姫奈は胸を張る。

 いくら放任主義と言っても、さすがに男子と二人で——しかもお付き合いすらしていないような間柄で——長期間の外泊となれば、心配されそうなものだが。

 しかし姫奈は「うちの親のことは心配要らないから」の一点張りで譲ろうとしない。


「翔くんのお家は大丈夫なの? バイトとか泊まりとか」


 翔の両親も大概で、割と放任主義的なところがある。「勉強しろ」とか「将来は医者か公務員になれ」とか、口うるさいことは言ってこない。現在翔たちが通っている学校は、そこまで偏差値が高いところではないが、翔がそこに進学したいと伝えた時も両親は全く反対しなかった。


「オレの親も、大丈夫だと思う。むしろ絶対行けって言われる」


「珍しい。どうして?」


「それは——」

 ただ一つ、翔の両親が口酸っぱく翔に言ってくることがある。

 それは「恋愛はできるうちにしろ」ということだ。

 両親は高校時代の同級生だったらしく、学生時代の恋愛を美化しているきらいがある。


 翔は何度「早く彼女をつくりなさい」と言われたか分からない。そらちゃんとの約束について話したこともあったが、「そんなのは翔の作り話でしょ。新しい彼女を作った方がいいに決まってる」と言われた。それ以降、翔は両親にそらちゃんの話をしなくなった。


 今回の岡山遠征は、そらちゃんのことを調べるという目的があるにしても、両親からしてみれば翔が新しい恋に踏み出したように見えるだろう。だからおそらく反対はされないはずだ。

 翔が姫奈にそのことを伝えると、姫奈は「翔くんも苦労しているのね」と笑った。


「じゃあ、一応親に確認してみるとしても、とりあえずはオッケーってことね!」


「お金貯めないとな」


「翔くんは、お小遣いとか貰ってる?」


「月5000円くらい。でも、だいたい日焼け止めグッズと香水と、あとは哲太氏と遊ぶと消える」


「日焼け止めグッズにそんなにお金使ってるの?」


「日傘とか、あとは自分に一番合う日焼け止めクリームを研究したりしていると、意外とお金を使うから。最近はスプレータイプもあって、試し甲斐がある」


 姫奈は「なにそれ」とおかしそうに笑う。


「じゃあ、しばらくは私の日焼け止め、一緒に使いなさいよ。節約節約!

 そう言うなり、姫奈は自分のカバンの中を漁り始めた。ガチャガチャと、工具箱でもいじっているような音が鳴る。


「ちょっと。女の子の秘密を覗いちゃダメ」


「別に、覗いてない」


「——あ、あった!」


 姫奈が取り出したのは、日焼け止めクリームだった。ピンク色のパッケージで、金色のキャップは花の形を模してある。翔はその商品をショッピングサイトで見たことがあったが、買ったことはなかった。


「ローズマキアか」


「よく知ってるわね」


 姫奈はその中身を手に取り、翔の手の甲に塗り始めた。柔らかな手を滑らせると、優しい潤いが翔の手を包み込んだ。そしてすぐに乾き、サラサラになった。


「いいな、これ。」


「でしょ! そんなに高くないけど使い心地がいいからお気に入りなの。これから体育の時とか、日焼け止めが必要になったら言ってよ。これシェアすれば、日焼け止め代をたくさん使わなくても済むでしょ」


 そうすれば確かに翔の節約にはなる。しかし二人合わせた日焼け止めの消費量で考えると、そこまでの節約効果は無さそうだが。

 翔はそのことに気が付いたが、満足気に翔の手に日焼け止めを塗り込む姫奈を見ていたら何も言えなかった。


「——それで、旅費のことなんだけど、」


 両手に日焼け止めを塗り終わった姫奈は、再び話を旅費の件に戻した。


「二人で20万円は用意したいわね」


「まじで、いってる?」


 普段自分が扱うのと桁が違う額を提示され、翔の言葉は思わず腰を抜かしてしまった。


「マジよマジ、大マジ! だって移動費だけでも九女川から岡山へ行くのに二人合わせて往復で6から7万円かかるのよ。それに宿泊費や食事代も入れたら、もしかしたら20万でも足りないかもしれないわ」


「……そう考えたら、意外と少ないのか」


「それに、せっかく岡山に行くんだから、現地のスイーツも堪能したいしね!」


「本当の目的はそっちなんだろ」


 姫奈はわざとらしく目を細めて翔を睨む。それは言っちゃいけない、と言わんばかりに咳ばらいをした。


「とにかく、8月1日までに二人合わせて20万円を稼ぐこと。それを目標にしましょ!」


「分かった。頑張ろう」


 とは言ったものの、8月1日まであと約40日しかない。よくよく考えてみると、それだけの日数で一人10万円を稼ぐのは至難の業だ。学校もあるなかで、かなりの時間働かないと計算が合わない。

 そんなことを考えて不安げに丸まっていく翔の背中を、姫奈がパンと叩く。


「大丈夫! 一人10万円なんて、すぐに稼げちゃうから!」


「そんなに割のいいバイトがあるのか?」


 姫奈は「あるよ!」と大きく頷く。


「最低賃金スレスレだから割がいいとは言えないけど、めっちゃいいバイト先!」


「もしかして、姫奈がバイトしてるところ?」


「そうそう」


 そして姫奈は唐突に、翔に変な質問をした。


「翔くんは、うさぎは好き?」


「……うさぎ?」

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