第2話
自分の席に座ると、前の席の哲太が翔の方を振り返った。
「新学年になって早々、大変ですね」
哲太は丸眼鏡を人差し指で押し上げる。
哲太はずっと教室にいたから、翔が告白されたところを直接見たわけではない。だが翔が女子に呼び出されるのは日常茶飯事なので、屋上で何が起こったのかは察しがついていたようだ。
ちなみに彼は、中学時代に知り合ったときからずっと、誰に対しても敬語で話す。だから翔も、哲太と話すときは敬語になる。
翔はため息交じりに応える。
「断るのは心苦しいです。オレは絶対に告白をオッケーしないのに」
「へぇ、面白いこと言うのね!」
いつの間にか翔の席の真横に、また別の女子が立っていて、二人の会話に横槍を入れた。
彼女があまりにハツラツとした大きな声で言うものだから、クラスの注目が翔たちに集まる。
「好きな人がいないなら、あなたが誰かを好きになれるように、私が手伝ってあげるわよ!」
翔の机にバンと両手をつき、堂々と言い放った彼女。
名前は、
誰のことも好きにならないと心に誓っている翔が、唯一、少しだけ気になっている女子だ。
友達から「姫」や「姫様」と呼ばれている彼女は、その呼び名が示す通り、他の女子生徒とはまるで雰囲気が違う。
人形のように愛らしい大きな目。くっきりとした鼻筋。薄い唇。それらがまるで一流フレンチのような黄金比で小さな顔に収まっている。
身長は女子の平均より少し低いくらいだが、脚が細長く、モデルのようなプロポーション。
少し茶色がかったロングヘアはシルクのように繊細な美しさで、揺れるたびに光が反射する。この学校の制服が姫奈に合うようにデザインされたと言われても信じてしまいそうな、制服の似合い方。
そして何より、影が無い。
翔にとっては、クラス中の男子の目線を釘付けにする姫奈の美貌など些細な問題で、影が無いことだけが最も大きな関心事だった。
一年生で違うクラスだった頃から、そのことがずっと気になっていて、よく目で追ってしまっていた。いつか話してみたいとは思っていたが、向こうから会話に乱入してくるのは予想外だった。
自信に満ちた彼女の双眸が翔を捕らえる。
「どうなの? 早く答えてちょうだい」
「その必要は、ない」
「ふーん、そうなのね」
姫奈は、自分から話しかけた割には落ち込む様子を見せず、自分の席へと帰っていった。
クラスで一目置かれている男女の接触に色めき立っていた教室内は、徐々に静かになっていった。まるで台風が通り過ぎたみたいだった。
「な、何だったんでしょうね……?」
女子に免疫のない哲太は、眼鏡を指で何度も直していて落ち着きがない。翔と姫奈が話しているときも、ずっと無言のまま俯いていた。
哲太の言う通り、彼女はどうして翔に話しかけてきたのだろう。告白するでもなく、誰かを好きにさせるだなんて。彼女の意図が分からない。
姫奈という台風の被害から逃げ切ったことを知らせるように、授業開始の予鈴が鳴る。
「あ、小生は授業に備えなければ。翔氏、朝から大変でしたね。では」
哲太は黒板の方へ向き直った。
翔は横目で姫奈を見る。
やっぱり、彼女の影は見えない。
翔には、ある秘密がある。
それは、影の色によって、その人の恋が分かるということだ。
といっても、多彩な色が見えるわけではない。男を好きなら青、女を好きなら赤、といった具合。
だから基本的に、女子は青い影、男子は赤い影で、好きの度合いによって濃淡がある。
もちろん例外も存在していて、男子なのに青い影、女子なのに赤い影、という人たちもいる。どっちもいける人は紫っぽくなったりもする。
いつからこういう見え方をするようになったのかは覚えていない。物心ついた頃にはそうなっていた気がする。それが恋を表しているというのは、身近な女子の反応で知った。
例えば、今まで翔と隣の席になった女子は全員、影の青色が濃くなったタイミングで告白してきた。それが、告白を断ると、まるで波が引いていくようにスッと影の色が元の濃さに戻るのだ。
だから、翔にとって影の色が見えることは、もうすぐ女子が自分に告白をしてくるというアラートのようなものだった。知ったところで阻止はできないから、あまり役には立たないが。
ちなみに、なぜか自分の影の色は分からない。
そして、ごくまれに影の色が無い人もいる。
虹ヶ丘姫奈は、翔が出会った二人目の無色だ。
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