透明なままの恋
石花うめ
翔の影
第1話
心に影が差すとは、こういう状況のことを言うのかもしれない。
南校舎の屋上へつながる階段をのぼりながら、翔は思った。
屋上の扉を開ける。
そこには翔を呼び出した女子が、緊張した面持ちで待っていた。
「
翔の嫌な予感はあっさりと的中してしまった。
「えっ、と……」
翔は頭を掻きながら尋ねる。
「なんで……?」
目の前の女子は翔のことを知っているようだが、翔は彼女のことを何も知らない。それもそのはず。彼女とは同じクラスになったこともなければ、話したこともなかったのだ。
その女子はうじうじと指を遊ばせながら言葉を絞り出す。
「だって、翔くん、カッコいいから。一年生のときに隣のクラスになったんだけど、目立つし、ずっと気になってて。それにいつも、眼鏡のオタクっぽい人と一緒にいてあげてて、その人と翔くんは全然釣り合ってないのに、その人に友達がいなくて可哀想だから一緒にいてあげるの、優しいなって思って……」
氷の彫刻のように美しかった翔の顔は、彼女の話を聞き終えた頃には悪天候の雪山みたく険しいものになっていた。
彼女が言う「眼鏡のオタクっぽい人」というのは、恐らく
今までに何度も心に響かない告白をされてきたが、ここまで綺麗に翔の地雷を踏みつけたものは珍しい。
だが翔は、気に食わないからという理由で人を怒鳴り散らすような男ではない。胸の内にこみ上げる怒りを噛み殺しながら、返す言葉に冷静さをまとわせながら話す。
「哲太氏は、オレの親友」
彼女は、意外だったのか「えっ……」と、素っ頓狂な声を漏らす。
「オレは哲太が可哀想とか思ったことない。むしろ、人付き合いが苦手なオレと一緒にいてくれて、感謝してる。趣味も同じで息も合うし、楽しいから一緒にいるだけ」
「そうなんですね……、私てっきり——」
「あと、釣り合ってるとか合ってないとか、そういう優劣や強弱で、オレは人を判断したりしない、ので」
「……ごめんなさい、私」
「見る目がないと思う」
彼女は、それ以上言わなくても分かった、と言わんばかりに何度も頷く。
「だから、ごめんなさい。オレは、君とは付き合えない」
涙で濡れる彼女の顔を見ていられなくて、翔は頭を下げる。
そのとき見えた彼女の影は、その他大勢の女子と同じような青色になっていた。さっきまでは濃紺だったのに。
顔を上げたときには、彼女は走り去ってしまっていた。
告白を断ることには慣れてしまっている。
数えきれない程の告白をされてきたのだが、ある理由があって、全て断ってきた。
だが、その結果を知らせたときに相手が傷つくのを見るのは、何度経験しても慣れない。告白を断るたびに、翔は自分の心も痛めている。
端正な顔立ちと、180センチの身長。九頭身というスタイルの良さ。全てを見通すような、澄んだ琥珀色の瞳。紺碧の髪に、そこらの女子よりも白くて滑らかな肌。そんな完璧なルックスに加え、無表情で、寡黙であること。
それらの要素から、翔は陰で「氷の王子様」や「スノプリ」などと呼ばれている。ちなみにスノプリとはスノープリンスの略だ。
だが本当は、翔はただ人見知りなだけだ。
口下手なせいで他人を傷つけたり、怒らせたりしないように、無口でいるだけなのだ。
それなのに皆、イケメンだからという理由で翔に近寄ってきては、勝手に傷ついたり失望したりして離れていく。
女子だけでなく男子もそうで、女子にモテるために翔と仲が良いアピールをして、おこぼれを貰おうとする輩は今まで大勢いた。そして、翔のことを利用するだけ利用しておいて離れていった。噂によると、中には「イケメンって面白くないし、性格も悪い。だから七瀬とは縁を切った」などと、女子に得意げに語っている人もいたらしい。
自分が傷つくのも、他人を傷つけるのも嫌だ。
いつからか翔は、不要な人付き合いを避けるようになっていた。
──高二になったばっかなのに、初日から最悪だ。
どんよりとした曇り空にため息を一つ吐き、翔は教室に戻る。
この後、さらなる災難が待っているとも知らずに。
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お読みいただき、ありがとうございます!
毎日18:00に更新していく予定です。
完結済みの作品なので、エタる心配なし!
二人の恋の行く末を、ぜひ最後まで見届けてあげてください。
最後に、
ブックマーク・感想いただけますと、とっても喜びます!
それでは、第2話もお楽しみください!
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