あけぐれ
藤泉都理
あけぐれ
夜が明けきる前の、まだ薄暗い時分。
寮の前の公園で男子寮生の
(あ~あ。門限を破っちまったから。いや。未成年なのに、酒も飲んじまったから、退学処分か。はは。苦労して入ったってのに。全部パアか)
「おい」
「あ?おお。同部屋の
ひらりひらひら。
伊織は自転車に跨る綾斗に向かって手を振った。
表情こそ見えないが、綾斗の声はひどく呆れている、いや、怒っているようだった。
当然だ。
同部屋の寮生は連帯責任を課されている。
門限を破った伊織と同部屋の綾斗もまた、厳しい処分を下されてしまうのだ。
(俺っていうお荷物を押し付けられた時点で、おまえの明暗はわけられてたんだろうなあ。可哀想に)
へらりへらへら。
だらしのない笑みを向ける伊織に対し、綾斗は朝刊配りだと言った。
「あ~~~。そう言えば、おまえ。アルバイトしてたっけ。早朝からご苦労様です」
「………」
「あらあら。無言で行っちまった。そりゃあ。そうか。はは。あ~あ。何やってんだか」
さっさと立ち上がって、寮の厳めしい門を潜って、寮監督にこっぴどく叱られて、退学処分を下されて、家からも勘当されて、はい、どん底人生へようこそ。
そうわかっているからなのか。
身体がひどく重くて、ベンチから立ち上がれそうになかった。
このままベンチと同化したら、幸せではないのだろうか。
ふと、思った。
一時ではあるものの、誰かに休息を与えられるのだ。
人間の自分よりもよっぽど役立つってもんだ。
「家門だけの人間なのに。才能もなければ、努力もしないで、探しもしないで、ふらりふらふら誘われるままに金を落としてはいお終い。あ~あ。なっっっさけねえなあ」
「おい」
「あ?お。え?なになに?ペットボトルで往復ビンタされんの?」
綾斗にペットボトルの底面を頬に押し付けられた伊織は、へらへらと笑いながらそう言うと、綾斗は水だ飲めとぶっきらぼうに言っては伊織の胸にペットボトルを押し付け、伊織の隣に座った。伊織は太股に落ちたペットボトルを両手で持った。
「朝刊配りは終わったの?超早いね」
「否定はしないが。おまえ。何でまだ寮に帰ってないんだ?」
「ん~。このベンチが気に入ったから、どうやって持ち帰ろうか考えてたら、いつの間にか時間が過ぎ去っていた。みたいな?」
「………おまえの所為で、俺まで処分を下されたくないんでな。おまえは今まで、俺の知り合いの居酒屋でアルバイトをしていて、その最中に酔っ払い客に酒を浴びせられて、介抱されていた。って事になっているからな。話を合わせろよ」
「………はは。用意周到だねえ。でも、未成年なのに居酒屋で働いているって時点でアウトだと思うけど?」
「俺を誰だと思ってんだ?」
「生徒には不人気で、先生には超人気な優等苦学生」
「そーゆーこった」
「………おこころづかいかんしゃします?」
「首を傾げんな。さっさと水を飲め」
「へえへえ」
(へえ~へえ~。結構。柄が悪いのね。綾斗。へえ~)
「ほら。さっさとしろよ。俺が連れて来るって話になってんだからな」
「はいはい。お待ちくださいませ~。綾斗さま~」
「………これっきりだからな。もう、門限を破っても助けねえ。俺だけ助ける」
「………はは。は。莫迦だねおまえ。助かる手段持ってんなら、俺なんかさっさと切り捨てりゃあいいのに。目障りだろ?」
「目障りだ。が。さっさと部屋から出て行けばいいと、思っているわけでもない。だから。一度だけ助ける。一度だけだ」
「………俺が懐いて、付き纏う可能性。考えたりした?」
「はあ?そんな事考えるわけねえだろ」
「………はは。だよな。うんうん。よかったよかった。大丈夫。そんな事、しねえよ。本当。助かった。ありがとう」
「行くぞ」
「おう」
伊織は一気にペットボトルの水を飲み干すと、綾斗を追いかけたのであった。
(柄は悪いけど。気持ちがいいやつ。はは)
久々に。いや、初めてかもしれない。
伊織は爽快な朝を迎えたのであった。
「そう言えば、何で自転車なわけ?魔法の箒、何で使わねえの?」
「体力作り」
「うえ~~~」
「さっさと歩け」
「うえ~~い」
(2024.8.8)
あけぐれ 藤泉都理 @fujitori
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