【4】(1)

「昨日は、本当にごめん!」


 織原おりはらくんと再会した翌日。

 織原くんは、これでもかっていうくらい深く頭を下げて私に謝罪した。


「織原くんが元気になったなら、それで……」


 私が織原くんのことを保健室まで送り届けたのは間違いないけれど、織原くんの体調が回復してくれたら何も言うことはない。

 それなのに、織原くんは何度も何度も謝罪の言葉を告げてくる。


「あー……藤島ふじしまさんとの会話、記憶に留めておきたかった」

「たいしたこと……話してないよ」


 赤いチョークがすり減って、屋上を赤で染めることはできなくなってしまった。

 チョークの箱から、新しいチョークを取り出す。

 長さを取り戻した赤は、早く黄色と出会うのを待ちわびているようにも思えた。


「言葉を交わし合うって、奇跡と奇跡の積み重ねだなって」


 私が、赤を塗る。

 織原くんが、黄色を加える。

 赤と黄色が混ざり合って、新しい色が生まれる。


「あ、真面目すぎとか思った? 俺は、本気なんだけどな」


 単色だった色同士が混ざり合って、卒業を迎える三年生を祝福するための準備を整えていく。


「ひとつひとつの言葉の重なりが、俺を作ってくれてる」


 雨は降らないけど、空が暗い。

 織原くんは前向きな言葉を紡いでくれているのに、雲は太陽の存在を隠してしまった。


「藤島さんも、だよ」


 私との会話が、織原くんという人を作り上げている。

 織原くんは、そう言いたいのだと思う。

 けど、私は織原くんの話の聞き役でしかない。

 そんなに凄いことはできていないのに、織原くんは物語に出てくるような綺麗な表現をしてくれる。


「……卒業っぽいね」


 物語を読み終わるときの寂しさのようなものが渦巻いていく。


「あ、藤島さんが返してくれた」


 言葉を返しただけで、織原くんは嬉しそうに笑ってくれる。

 それだけ自分が、マスクの中に自分の声を閉じ込めているってことを自覚する。


「もっと早く、藤島さんに話しかければ良かった」


 もっと早く出会っていたら、私はもっと早く声を出すことができたかもしれない。

 自分の声を閉じ込めることなく、クラスメイトと話ができるようになっていたかもしれない。

 でも、もっと早くって言葉は妄想するだけで、現実の私たちは過去へ戻る術を持たない。

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