【2】(2)

(私は、みんなと同じなのに……)


 線引きをされた私は、再びマスクの世界へと閉じこもる。

 午後の授業の準備をしようと思って、机の中から教科書を取り出そうとしたときのことだった。

 教室を流れている空気が変わった。


「…………」


 昼休みだから、織原くんがどこに行こうと何も気にすることはない。

 でも、織原くんがいなくなった教室をまとう空気の寂しさに気づいてしまった。

 廊下へと向かって行く織原くんに視線を向けてしまったが、最後。

 次の授業の準備なんてどうでも良くなってしまって、自然と動き始めた私の足は教室からいなくなった織原くんのあとを追いかけた。


(どこに行くんだろう……)


 織原くんはロッカーに詰め込まれたコートを取り出して、それを着込んだ。

 マフラーも巻いての重装備。

 登下校のときと同じ格好をしている織原くんに違和感。

 でも、鞄は持っていないから、織原くんは早退するための重装備というわけではないらしい。


(マスクつけてて、良かった)


 織原くんがどこに向かうのか想像もつかなかった私もコートを着込んできたけど、コートを来た二人が昼休みの廊下を歩くのは明らかな不自然。

 誰も私たちに注目していないと分かっていても、二人だけっていう特別は私に大きな羞恥を運んでくる。

 マスクは、そんな羞恥すらも隠してくれる大切な存在。


(屋上……)


 屋上は自由に出入りができるようになっている。

 開放感ある人気な場所で、昼休みや放課後に利用する人が多い。

 でも、11月から2月までは、その人気を集める場所が封鎖される。

 寒さや雪で健康を害するといけないっていう、先生の配慮というわけではない。


(屋上に行くの、初めて……)


 私の高校では、11月から2月にかけて美術部が屋上で活動をする。

 美術部に所属する三年生の卒業制作、チョークアート。

 完成したチョークアートに卒業生が混ざり込んで、卒業式の日にドローンで記念撮影。

 卒業アルバムには残らないけど、卒業生の心には大きく響く高校の伝統行事でもあった。


「藤島さん」


 奥所の階段を上る途中で、私は織原くんに迎え入れられた。

 階段を上り切ったところでマスクを外して、必要な酸素を取り込むためにマスクを外す。

吐き出す息が真っ白に染まっていくところが視界に入って、私は再びマスクで自分の口を隠す準備を整える。


「美術部へようこそ」


 友達に屋上に行こうと誘われたことのなかった私は、屋上に行くのも初めてだった。

 そして、クラスメイト他人に興味を持つのも、初めてのことだったかもしれない。

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