EP04 フラマとあたし
人々は必死の形相で逃げ惑い、喧しく泣け叫ぶ。
今にも崩れそうなビルに取り残されたサラリーマンは、呆けた顔で窓から巨大生物を眺めていた。
スケール感の異なる巨大生物に、どこか現実味がなかった。
巨大生物のぬるっとした皮膚が夕焼けに照らされ、この世の物とは思えない異様な光景を生み出していた。
巨体なハサミがゆらゆらと揺らめく。
ある程度の高さまで進むと、そこで止まった。
ガンッ、ガンッ!
ハサミを打ち鳴らし、それを合図にビル目掛けてハサミを振り下ろした。
はっと我に返ったサラリーマンはデスクの下で体を丸めて蹲る。
カァン――。
骨を打つような音。
サラリーマンはスマホを見つめた。ロック画面には妻と幼い娘の写真が映し出される。二人には幸せになって欲しいと願い、そして覚悟を決めていた。これからビルが崩れ落ち、抵抗虚しく地面に叩きつけられる。決して助からない。
だが、一向にビルは崩れない。恐る恐る背後を見やると、煌々と赤色に輝く光が目に入った。
ハサミとビルの間に赤色のガラスのような壁が出現し、ハサミを受け止めていたのだ。
巨大生物は突然発生した壁に慄きつつも、残る2本のハサミも打ち下ろす。
だが、どちらもビルに当たる寸前で赤色に煌めくガラスのような壁に塞がれた。
巨大生物は尻尾を持ち上げると、渾身の力を込めて壁に打ち付けた。
ガキィ!!
「シールドにヒビが……」
その赤色の壁――シールドの頂点に立つ一人の魔法少女は呟いた。
全身を覆う真っ赤な光は、硬質的な雰囲気を持たせつつも、ドレスのように魔法少女を包んでいた。
腰部分に強く光が集中し、まるでスカートのように丸みを帯びてふわりと広がった。
巨大生物はシールドの上に立つ魔法少女の姿に気がついた。気付いた時には、巨大なハサミで掴みかかる。
いかに魔法少女と言えど、あの巨大なハサミで挟まれたら一刀両断だろう。
だが、魔法少女は傷一つ無い。
魔法少女の僅か数メートル先で、ハサミは開かれた状態で止まっていた。
空中に出現した畳一畳程のシードルがハサミの間に挟まり、ハサミが閉じないよう食い止めていたのだ。
巨大生物は、尻尾の先端で魔法少女を串刺しにしようと、魔法少女に尻尾を放つ。
ひょい、と躱した。
落ちる。
数十メートルはある高さから、魔法少女は落下した。
だが、落ちる先でハサミが待ち構えている。
その途中にシールドが出現した。
とても小さく、片足が乗る程度の大きさだった。
魔法少女はシールドを足場にして、落下する方向を変えた。
無数のシードルが空中に広がり、巧みに落下する方向を変化させる。
追いつけない。
三本のハサミと尻尾は空を突き抜けるだけで、魔法少女を捕らえられない。
「効いてよ」
右手の指先から真っ赤な光が集中する。
細い棒が手のひらから伸び、その先端に小さなシールドが幾重も折り重なる。
魔法少女のステッキ──いや、形状は酷似しているが、先端の膨らんでいる部分が分厚く、重々しい。
ハンマーだった。
シールドを先端部分に凝縮して織り重ねることで、超高密度のハンマーを作り上げたのだ。
「おりゃぁあ!!」
落下し、加速しながら手を振り上げる。
巨大生物はなすすべなく脳天に迫る魔法少女をポカンと見上げていた。
──ガァぁあんんッッッ!!!!
空間が歪むかのような衝撃が響き渡る。
巨大生物の頭部は金属のような装甲に覆われていたか、魔法少女がハンマーを撃ち抜いた部分から大きく湾曲して凹んでいた。
内部で凹んだ部分が押し出されるように、体の節から大量の体液が左右のビルに降りかかる。生臭い血液の臭いがぷんと辺りに立ち込めた。
巨大生物は小さく呻いた後、地響きを鳴らしながらゆっくりと崩れ落ちた。
魔法少女は巨大生物の頭部から飛び上がった。
空中に足場を作りながら、階段を下りるようにして地面に降り立つ。
巨大生物を見やり、ぴくりとも動かない姿にホッとため息をついた。
その瞬間だった──。
わぁぁあああああああッ!!!
体を揺るがす地響きに、また巨大生物が出現したの? と魔法少女は辺りを見渡す。が、巨大生物の姿はなかった。
地響きの正体、それは魔法少女の闘いを見守っていた人々の歓声だった。
崩れた建造物の陰から顔を覗かせ、誰もが涙を浮かべ、懸命に声を出している、
自身の死を感じ、絶望の淵に追い詰められた絶体絶命の危機的状況からの魔法少女の活躍に、感謝の想いを込めながら声を上げたのだ。
その声の中心に立つ魔法少女。
ビリビリと全身が震える程の声量に、立つのがやっとだった。
今まで浴びたことの無い声量と、誰もが目を輝かせて好意の感情を向けている状況に思考が追いつかない。
声は鳴り止まず、魔法少女はポカンと口を開いて呆けていた。
瞬間、その歓声が大きな悲鳴に切り替わる。
ぐわっと持ち上がった巨大生物の尻尾。
まだ生きていた。
魔法少女を狙い、その大きな尻尾が最後の力を振り絞って放たれる。
歓声に驚いていた魔法少女は、一瞬反応が遅れた。
振り向きざまにシールドを展開させるが──。
キィンッ──!
尻尾は先端から左右に真っ二つに切り裂かれ、魔法少女を避けて地面に落ちた。
青い光が煌めいた。
油断した魔法少女を救ったのは──魔法少女エリアルだった。
手のひらから展開する青い剣が、最後の一撃を防いだのだ。
「……あんた」
魔法少女は出現したエリアルに声をかけようとした。が、エリアルの登場で更に沸き立つ人々に、声を出してもエリアルには届かない。エリアルはそれを理解しながらニッコリ笑顔を浮かべると、魔法少女に近づいて不意に抱きしめた。
途端に、人々は熱狂した。
エリアル「あと少しで死ぬとこだったね」と声をかけるが、不安気な表情を取り繕っていたため、人々はエリアルは魔法少女が心配で駆け寄ったのかと考えた。
「助けてなんて言ってない。普通に防げた」
「えーそうなの。その割には顔が引き攣ってたけどね。ってかさ、今の姿、名前──なんて言うの?」
「なんであんたに教える必要があるのよ」
「だって欅楓さんって言うわけにもいかないでしょ。名前、受け継いでるよね?」
エリアルは魔法少女から離れながら聴く。
迷った魔法少女だったが、実名で呼ばれる可能性を危惧して、「……フラマ」と、答えた。
「ふぅん、フラマ……。あたしのコーデ趣味じゃないって言ったのに、自分も結構ヒラヒラガーリーじゃん。カワイイ」
「うるさい」
エリアルは手元にエーテルを集中させると、それを手元に近づけて「みなさーん! エリアルです! 今回は……あたしが遅れてしまい、被害が大きくなってしまい、誠に申し訳ございませんでしたー!」とエーテルを利用して拡声器のように声を響かせて観衆に語りかける。
「その代わり、近くにいたフラマが駆けつけてくれました。この子の名前は、魔法少女フラマ。あたしの仲間です」
「はぁ、仲間? 違うでしょ!」
フラマは即座に否定するが、仲間! 新たな魔法少女参戦!? と轟く人々の声にかき消される。
フラマはどうにか自分も声を拡散させようと思うが、エリアルのようにエーテル応用方法の知識が乏しかった。声を張り上げたとしても、人々に届くことはないだろう。
苦々しく思いながら、フラマに手を差し出す。
「それ、貸して。みんなに元凶はエリアルだって言うから」
「えーヤダ。自分でやったら?」
「……で、できないから」
「はい、じゃ絶対貸しません。ってか今のこの空気をぶっ壊す発言なんかできるの? クラスでは可愛いけどインキャな欅さん、フラマになったらキャラも性格も変わる感じ?」
揶揄するような物言いにフラマは苛立つも、エリアルの言う通りなので反論できない。
魔法少女に変身したからと言って、性格までも明るく変わるわけでない。フラマ自身が、それを一番理解している。人見知りかつ人前で喋ることが苦手なフラマに、今のこの状況で観衆に語りかけるのは無理だった。
それに人々は誰もが手を取り合って喜び合い、感謝の言葉をエリアルとフラマにかけていた。この中で実はエリアルの自作自演です、と言うのは気がひける。例え作られた仮初の喜びであっても、今の人々に更なる恐怖を与えたくなかった。
それに──。
「あたしがやったって証拠も、ないでしょ?」
「……ないよ」
「すぐ睨まない。まぁまぁ今回は無事に怪獣を倒したんだから、みんなと喜びを分かち合おうぜ」
エリアルはフラマの伸ばした手を握ると、それを大きく振り上げた。
その日最大の声が響く。
ドワっ! と風が二人を吹き飛ばすように吹き荒れる。
フラマはエリアルと手を繋ぎながら、目をチカチカと輝かせるようにして、人々の歓喜を浴びていた。
人々の熱狂で生み出された歓喜の熱が、フラマの体に伝播するように広がっていく。
// 続く
魔法少女として活躍するために怪獣を街に放って自作自演する魔法少女の私 八澤 @8zawa_ho9to
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